会長のひとりごと 「ミシュランガイドと美山荘」 ’09-11

1013日「ミシュランガイド京都・大阪2010」版が、京都で

発表を、そして表彰式が行われたと新聞の一面を飾った。

今回のガイドは、高級レストラン、ホテルを対象にした通常の格付

けに、初めて「旅館」も評価対象になったとか。

このミシュランガイドについて色々な見方、意見があり、物議?を

かもしている。(日経新聞1024日夕刊「芸文余話」で“ミシュラン

文化摩擦”・・・・)

しかし、私の知る何ヶ所かのお店?宿は、選べるべくして選ばれたと

思う。

よくマスコミに取り上げられる「美山荘」「菊乃井本店(京都

ミシュラン、三つ星)」「松乃井(群馬県水上温泉)」等、いずれも、 料理、器、建物、部屋のしつらえ(季節に合わせた生け花掛け軸、衝立 ・・・)や仲居さん?の心遣い気配りに感動することは当然であるが、 やはりそれにもまして女将の気遣い好印象のお店ばかりである

特に美山荘の建物は稲葉なおと著「巨匠の宿・名建築の宿に泊まる」

の“中村外二の美山荘” (数奇屋造り)で紹介されている。

他に20数ヶ所の有名な宿が紹介されている

当ブログ8月号「半世紀ぶり?の大悲山峰定寺と美山荘」で

今日は急いでいるので、またの機会に寄せていただくことをつげ、

今にも泣き出しそうな空を仰ぎながら大悲山峰定寺、美山荘を後に

した。」と記述。 

その後正式に予約し、48年ぶりの美山荘で念願の“摘み草料理”

を食することが成就した。(922日)

大女将さんともお会いすることができ、私の48年ぶりの話(Eさん

という女性は、3代目ご主人の従姉弟で健在、志賀先生のことも話し

に聞いている・・・・。)で、直接48年前の方とお会いすることが

できなかったが、タイムスリップしながらの感動の3時間であった。

泊まりのお客がこられはじめたにも関わらず、気持ちよく最後まで

お付き合いただき、美山荘の玄関をバックに大女将さんと家内との

スリーショットを撮り、知的で美人の若女将さんと共に車の姿が消

えるまで深々と頭を下げ見送っていただいた。

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さすが「白州正子(白州次郎)、立原正明ら文化人から愛された

・・・宿。」―美山荘・・・である。

この美山荘が「ミシェランガイド京都大阪2010」で受賞され、

3代目の弟さんの“草喰なかひがし”さんも同時に受賞。

 以前ご兄弟でされていたが、独立されたとのことである。

(「京都の奥座敷花脊にある名宿「美山荘」で生まれ育ち、料理を

作っていた中東久雄さんが、独立して1997年に開いた和食店」 インターネットで“なかひがし”ファンの方が語られている。

中東家のように同時期に各々の受賞も珍しいのではないだろうか。

できればこの“草喰なかひがし”のご主人にも、48年ぶりにお会

いしてみたいものである。(ご主人は、その頃小学生ぐらいだった

ので、ご記憶にはないだろうと思われるが)

前回9月は、自動車運転のためアルコール抜きであったが、

次回は、予約の取りにくい「美山荘」の“摘み草料理”を

アルコールを飲みながら頂く機会をぜひ持ちたいものである。

                 2009-11-1 Y.Y

PS -京都の奥座敷花背にある名宿「美山荘」が司馬遼太郎著

「街道をゆく」や、小説などにも登場することも分かった。

( Wikipedia より )

     立原正秋「春の鐘」―「奥山荘」として

     司馬遼太郎「街道をゆく」の「洛北諸道」の項

     雁屋哲「美味しんぼ」第20巻

近々、「司馬遼太郎記念館」を訪ねて                        「街道をゆく」を読んでみたいものである。

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「ルーヴル美術館展」国立国際美術館 09-10

知り合いのMさんから(朝日新聞のOB)、美術館やデパート等の催しの招待券を時折贈っていただく。

今年も数回利用さしていただいた。

直近は、9月19日(土)午後、国立国際美術館(大阪・中ノ島)へ。

入り口付近で「ルーヴル美術館展“美の宮殿の子どもたち”」と大きな文字が眼にはいってきた。

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私がこの建物に入るのは、確か5年程前の建設中に大阪府の公共建築室  の方々と見学に来て以来2度目である。

地上の竹の生長をイメージしたオブジェや、地下の防災計画の構造の説明に大変驚いたことを記憶している。

地下1階が受付で、約20~30分並んだ後にいよいよ地下3階の展示場にエスカレーターを乗り継ぎやっと展示室に到着し入場!!。

音声ガイドを借り、いよいよ「ルーヴル美術館展“美の宮殿の子ども たち”」至宝約200点の始まりである。

入り口でもらったチラシには、「ルーヴル美術館からの招待状 7部門 の名品、約200点が中ノ島に」「時代・地域・分野を越えた膨大な コレクションを誇る美と文明の殿堂、ルーヴル美術館から、7つの部門  (古代エジプト、古代オリエント、古代ギリシャ・エトルリア・ローマ、絵画  彫刻、美術工芸品、素描・版画)の至宝約200点が一挙来日します。

 さまざまな時代や地域の美術の中に表現されてきた子供たちの姿を 通し、「美の宮殿」ルーヴルの高の美の世界を紹介します。」と書かれている。

子供のミイラ、大理石の彫刻、絵画(小さい頃は、男も女装)、大きな壁掛け・・・等、これらは当然ルーヴル美術館のほんの一部であるが、少し疲れ?気味で腰に違和感を感じながらの久しぶりの美術鑑賞で あった。(昨年の「故宮博物館(台湾)」以来)

 (テーマが子供ということであったせいか、私が期待したルーヴル美術館のイメージ作品と少しかけ離れていた印象を受け、後日鑑賞した妻も同意見あった。)

国立国際美術館(大阪・中ノ島)の案内書に「竹の生命力と現代美術の 発展・生長をイメージしたオブジェや、人と美術との交流を生み出すパブリック・ゾーンを設けるなど、歴史と文化を断承する中ノ島の地における新たな文化の拠点として、市民に親しまれる施設となることをめざします。」と掲載。

南隣地に大阪市立科学館もあり、京阪電車中ノ島線(渡辺橋駅より5分)の開通により大変便利になった。

一度ぶらっと出かけて、「大阪再発見」をされては如何であろうか!。

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http://www.nmao.go.jp/

10月といえば、1日は、先代会長命日(H10年10月1日没)

2日は、私の ? 回目の誕生日(10月1日会長就任1週年)

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「竹村式お金に振り回されない習慣術」 竹村健一著                          09-9

 ここ数年のお盆休みに、本を読むことにしている。

昨年は、中村天風著「君に成功を贈る」(2001年発行以来

27版発行―約270ページ)を読んだ。

そのはしがきに「心の思いが人生を創る」(「心のあり方・使い

方」ひとつで、生きがいのある、豊かな、幸せな、価値高いものに

することができる。)とあり、大変感動する一冊であったので、そ

の本を何人かの人に勧めたり、まわし読みをしたりして早1年経過

した。

今年も書店を覗いた。

「脳も筋肉も、アラカンから強くなる」帯の文字が目に入った。

「アラカン?」一瞬、映画俳優「嵐寛十郎?」と思った。

(50代以下の人には、ピントこない映画俳優)その副題「60歳

からはない収入で大きな幸せ」を見て以前にM病院理事長の奥さん

から「アラホー(AROUND FORTY)」の説明を聞いたことを思い出

アラカンのカンは「還暦だ!!」とやっと気づいた。

そのプロローグに「人生後半(50歳以上)の準備を始める働き盛り

の人に向けて」と書かれている。

以前、竹村健一氏の著書に(「スキー場近くの講演は、講演後に滑る

ために冬場の時期に設定する」と記述)、竹村氏が57歳でスキーに

初挑戦をされたことは知っていたが、テニス仲間のソニーの盛田昭夫

さんに勧められたことを今回初めて知った。

又、日本で正確な地図を始めて作った伊能忠敬は、50歳(現代では

60歳代?)で仕事を引退してから、それまで素人だった人間がいち

から勉強してなし遂げたとのエピソード等肩のこらない、なるほど

思うことが満載されている本である。 

     (竹村健一著「竹村式お金に振り回されない習慣術」より)

富士山を主題にした「富嶽百景」も完成させた浮世絵師「葛飾北斎」

「 私は六歳のころから物の形状を写す癖があった。五十歳の頃から

様々な絵を描いてきたが、思えば七十歳以前に描いたものは、みんな

取るに足らないものだった。七十三歳になってようやく鳥や動物、虫、

骨の骨格あるいは草や木の生ずる有り様を悟ることが出来るようにな

った。

したがって八十歳になればますます絵が上達し、九十歳には奥義を極

め、百歳には神妙の域に達することだろう。

百十歳にもなれば、“一点一格”活けるがごとくに描けるようになる

に違いない。」

75才という老境に達した北済がこの「富嶽百景」の奥付に書いた文章を

現代語訳するとこうなるそうであると、どこかで目にしたことがある。

50歳頃からの画家「葛飾北斎」も年老いて活躍されたひとりである。

竹村式お金に振り回されない習慣術」は肩のこらない読みやすい

本なので、特にアラカン(還暦を迎えられた方、近々迎える方)の

皆さんに、一読されることを推奨したい本である・・・・・。

竹村健一 昭和5年(1930年4月7日)大阪市で誕生・政治評論家。

     京都大学英文科卒、アメリカのフルブライト財団の奨学金

     制度第1号としてシラキューズ大学留学。

     毎日新聞「英文毎日」記者、山陽特殊鋼調査部長、

     追手門学院大学英文科助教授、拓殖大学客員教授・・・・。 

     長男竹村真一氏 京都造形芸術大学教授

     次男竹村英二氏 国士舘大学教授

     元宝塚歌劇団の女優さんと結婚

我が家の屋上菜園のゴーヤ

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「半世紀?ぶりの大悲山峰定寺と美山荘」09-8

48年前の7月、京都の「大悲山」(バスで出町柳駅から花背峠を越え

数時間。峠では、バスがブレーキテストをしてから下った。)のふもと

で来春の受験勉強の為、同級生の徳川英雄君と二人で向かった。

昭和36年夏休みの約1カ月間彼(徳川家の末裔)と、大学受験に・・

・・・。偶然北野高校の生徒さんも同じ目的で・・・。

そこは、平家の落ち武者の霊が出るといわれる大悲山のふもとであった。

そこでの出会いは、女優の淡島千さん似の志賀美恵子さんだった。遠く

から多くの人が霊能者(?)の志賀さんに相談にこられていたようだ。

志賀さんは、自分には人生の先(将来)が見えると、具体的に説明をさ

れたので、我々は恐怖?を感じた。

心霊の研究をされていて、自分に見える霊を他の人にも見える研究をしているとの事であったやに思う。

ある夜、その志賀さんから奥の大悲山峰定寺におまいりに行くので一緒

にと誘われ、数人で石畳の階段を登つめると「清水の舞台」のように

突き出たお堂で一夜を過ごした。

仮眠していると夜中の何時ごろであろうか、お経の声が「出たァー」と

心のなかで叫んだ。薄目を開けおそるおそる見たら、尼僧がお経をあげ

ている「早く夜が明けてほしい・・・。」と。

以前に「平家の落ち武者の霊が出る・・・。」と説明を聞いていたの

で大悲山の名の由来はそこにあるのかと思っていたが、実は「観音さん

の大いなる慈悲心」ということのようである。

その後、四天王寺の瀧藤尊教元管長さんから「霊の研究者の話」を聞く

機会があり(20年位前?)五人の日本名を挙げられ、そのひとりに

志賀さん名もあり、その折に近々管長さんが志賀さんに会いに行かれる

との事だったので、「元気でいることを」伝えてほしいと名刺を託した

ことを思い出した。

昨年よりぜひ一度訪れてみたいと切望していた。宿泊先の名前も覚えて

いなかったが、大悲山のふもとで、すぐ近くにお寺があったことを頼り

に行こうと思っていた。

たまたま前日夕食をした「大海」さんのご主人が、私の48年前の話し

から、その宿泊先は「美山荘」という名であること、地図の案内もして

いただいた。

「“摘み草料理”ということで有名で、予約しないといけない。

バブルの頃は順番待ちで、値段は・・・・・・。」

当日は午後雨とのことなので朝早くから出発した。山道をカーナビを

便りにやっと到着。(もしカーナビがなければ途中で引き返したかも

知れない。細く曲がりくねった道を1時間半)

そこには「峰定寺参道」「美山荘」の看板が、二つ並んでいた。

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「峰定寺参道、美山荘」の看板「美山荘」の玄関

美山荘のお客のお迎えであろうと思われるタクシー運転手さんの姿を

玄関脇で見たので、聞いてみると「中曽根首相來訪の折に改装された

のを知っているが、それより古い頃の話は?・・・」とのこと。

先に大悲山・峰定寺におまいりし、帰り際に30年程勤めているという

料理長さんと話すことができた。

志賀さんのことは、話に聞いているが、自分は直接知らない。3代目は

は、55歳で他界。今(4代目)その息子さんの時代。その頃私より少し

上の息子さんが3代目とわかり48年前を知る人はいないようだった。

礼をつげ、敷地を去ろうとした時に偶然にも犬の散歩から帰ってこられ

た4代目の若女将と遭遇した。

昔、約一ヶ月ほどお世話になったこと話をしたところ、その頃に大女将

が結婚されたようである。

直接知った人に会えなかったが、たしかその時小学生?ぐらいだった弟

さんのことを尋ねると銀閣寺のところで料理屋さんをしておられると。

今日は急いでいるので、またの機会に寄せていただくことをつげ、今

にも泣き出しそうな空を仰ぎながら大悲山峰定寺、美山荘を後にした。

48年ぶりの「峰定寺」「美山荘」、今日も大変感動の一日であった。

翌日、経営者の集会で私の左の席の㈱岡本スタジオの岡本氏を紹介

された。アルコールも入り、少し舌も軽やかになり話すうちに、高校

の後輩で奥さんも同窓、私も家内と同窓と話が弾み、前日の「美山荘」

の話をすると、岡本氏は「一度行ってみたいと思っている。弟さん経営

の銀閣の店にはいったことがある。大変有名なところである。」の話

に“そうですか!!”と感動。 又 「北海道サミットのホテルでの夕食

を美山荘で予約がとれなかった・・・。」話し等、昨日の京都の余韻が

いつまでも・・・・・。                          (㈱岡本スタジオ  明治35年、1902年創業)

またまた、新しい感動と出会いができた7月の連休であった!!。

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美山荘

t://www.miyamasou.co.jp/ht

www.miyamasou.co.jp -

峰定寺 - Wikipedia

藤原通憲(信西)が記した『大悲山峰定寺縁起』によれば、このは平安時代末の

久寿元年(1154)、鳥羽上皇の勅願により観空西念(三滝上人)が創建したもので

、鳥羽上皇の念持仏の十一面千手観音像を本尊として安置し、 ...

ja.wikipedia.org/wiki/峰定寺 -

七五三・成人式・家族写真などの撮影は 写真館岡本スタジオ

七五三・成人式・家族写真などの撮影は 写真館岡本スタジオ Okamoto ... たんごの節句. ひな祭り. 就職. パスポート. 大阪府八尾市山本町1-8-27 ... ラジオ大阪『岡本昇のズームアイ ハバスパイフォール』 関西テレビ. ラジオ大阪『岡本昇のズームアイ バッファロー』 いろいろなホームページで紹介されています .

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「南十字星」と映画「真夏のオリオン」09-7

 恒例の高校同窓の夫婦旅行中「社長最後の総会(上場企業)に

きてほしい」ということなので、JR久宝寺駅から大和路快速に乗

り大阪駅で下車し、新阪急ホテルに向かった。

約20分の車中で藤尾秀昭著「小さな人生論」(致知出版社)を読む。

「哲学とは、南十字星のようなもの、

南十字星さえ見失わなければ、

羅針盤なくても航路を誤ることはない。」

「ひるがえって日本も、国政、経済、教育、国民一人ひとり

・・・」

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「戦後の日本を統治したマッカーサーは、祖父に日清、

日露を戦ったリーダーには、立派な人物が多いと聞いて

育った。

ところが、日本にきてさほどの人物が見当たらないと、

時の首相吉田茂に聞いたところ、昔のリーダーは東西の

古典を読んだ。今のリーダーは古典で心を養わないから

人物が小さくなったと・・・・。」と語られている。

その総会後、奉仕団体の例会に出席、来客O氏が右横の席に座ら

れた。職業が神主さんと聞き、私の高校友人の前大和ハウス工業

副社長の船津君のお父さんも神主だったことを話すと「存知てい

ます」とのことだった。

代々神道の道を継がれていると思いきや、「政治家の家系でしたが、

その道がいやでこの世界に入りました・・・・・。といいますのは、

東条英機首相時代の大臣で、戦犯となり、それで・・・・・・・。」

との事。

例会終了後、交通安全協会の総会打ち上げまで時間があったので

私の足は映画に向っていた。。

その時間帯に始まるのは、「真夏のオリオン」のみで、第二次大戦

の潜水艦の映画のようである。普段は洋画ばかりで日本映画を見な

いが、時間帯からこれしかないので、吉田栄作(メインでない?)

以外知らない俳優ばかり(後日、主役がテレビのコマーシャルに!)

であるが時間つぶしのつもりで見ることにした。

 ― 時は第二次世界大戦末期昭和二十年、アメリカ軍がグアムを

給油基地として沖縄に向かう、その船団を阻止する潜水艦

「イー77号」(人間魚雷“回転”を甲板に設置)と、アメリカ

海軍との闘いである。

大変迫力があり、その中に愛があり、友情があり、若い日本の

俳優のすばらしい演技、涙する場面のある久しぶりに感動する

日本映画であった。

特に最後に潜水艦の艦長に形見(友人の妹から)として渡され

「オリオンよ、愛する人を導け・・・」イタリア語で書かれた

楽譜が、さらにこの映画のクライマックスに感動を与えた。―

当日(6月18日)は、朝から夕方まで、星座、第二次世界大戦にまつわ

る熱い感動の一日となった。(本当に熱い今年最高?の気温32度)

             

会長のひとりごと「南十字星」と映画「真夏のオリオン」 09-7

PS- 毎日新聞夕刊には、「日本よ、浮上せよ」「大ヒット!命中!!

満足度92.4%」とコマーシャル。

映画最後のシーン(大戦終了の報に、艦長が発した言葉)

「終わったのでない、これから始まるのだ」の言葉が、今の

厳しい日本から浮上せよ(立ち上がれ)、今から新しい世界を

切り開くことを示唆した映画だと感動したのは、私一人では

ないのではないだろうか・・・・・。

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「利息制限法」木村達也弁護士とKアナウンサー  09-6

木村達也著「今この本が面白いー私が読んだ厳選120冊」が

著者より贈られてきた。

(本を年間約200冊購入、5年間の読書から厳選)

「利息制限法」成立に奔走された木村弁護士がマスコミに登場

されたのは、約25年くらい前であろうか。サラ金地獄で困って

いる人の救済を・・・。

その後、テレビ、ラジオに大活躍(NHK「クローズアップ現代」

にも数回、朝のNHK ニュース、「関西クローズアップ」最近では

日曜日の田原総一郎の「サンデープロジェクト」等などに出演)

  少し古い話しであるが、中坊公平元日本弁護士会会長(元債権回

収機構の社長)の門下生でもあったことを、NHKの深夜ドキュメン

タリー番組で知った。

その番組で「私はね、若い仲間の弁護士と話しをしている時が楽し

い・・・・。特に木村達也君や・・・・」との話をされていた。

その影響で、庶民の味方の弁護士になったのかなと私ひとりが

想像していたが,冊子「ひまわり」(木村・浦川・片山法律事務所

発行―第71号)の“父への思い出”のコーナーによると、教育者

の父の影響と述懐されている。

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私との出会いは、約35年前のある奉仕団体入会であった。

私が31歳、木村弁護士30歳。

25名(平均40数歳台)の発足メンバーの中では、若手の二人

創立メンバー)であった。偶然にも天王寺中学、高津高校の1年

後輩とわかりクラブの中でもより親しいお付き合となった。

過去形なのは、確かクラブ20周年を終えた頃だった思う。

「まだまだ色々とやりたいことがある。仕事が忙しくなるので」が

退会理由だったと記憶している。

出会った頃は、職業柄固い人という印象だったが、今は、おおらか

なオーラを感じる懐の深い当社の顧問弁護士でもある。

今から3年前の当社創業七十年の折に、私が金曜日に事務所を訪問

するため都合を聞くと、その日はテレビの新番組の打ち合わせで午後

はいない「夜7時30分からの番組らしい・・・」と。

 それで「たぶん、Kアナウンサーと合うと思うよ。」との私の予言

的中。実は、アナウンサー4月から金曜夜7時半よりキャスター

で登場するやに聞いていたので・・・・・。

アナウンサーと私の出会いは、「エッセイスト高木美千子女史」

当社HP2005年10月のバックナンバーに添付)主催の催

 しで紹介された。その時にわが息子と同じ学年であることや、

 お母さんが、わが母校高津高校の2年後輩であることもわかった。

「世間は狭いもの悪いことはできませんな!!。」と食事をしながら

 の談笑だった。

 その後何度か食事する機会があり、木村弁護士、高木女史、

 アナウンサーと4人での2次会の歌合戦でも盛り上がった。

 昨年春から東京勤務になり、テレビのキャスターとして活躍され

、時折メールで・・・・・。

出会いを大切にし、長くお付き合いしたい人々である!!。

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NHK オンライン http://www.nhk.or.jp/より

自殺と向き合う~生き心地のよい社会のために

木村達也(きむら・たつや)さん
弁護士。全国クレジット・サラ金問題対策協議会〈注1〉代表幹事。
1944
年生まれ。

日本弁護士連合会消費者問題対策委員会委員(元委員長)、

日栄・商工ファンド被害対策全国弁護団団長、

欠陥住宅関西ネット代表幹事をつとめる。

共著に『個人債務者再生手続実務解説Q&A(増補版)』(青林書院、

2001)など。

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「悩む力」姜尚中著  2009-5

先日、年に一度の恒例の高津高校同期会(昭和37年卒)―

東京・大阪合同同窓会が浜名湖で開かれた。いつものように

新幹線の中で読む本を買うべく新大阪駅で書店にはいった。

本の帯に「75万部突破」の活字が、目に飛び込んできた。

「悩む力」姜尚中著

現代人の心を救う、逆転の発想とは?

不安と絶望の時代を生き抜くための「新の力」を鍛え上げる

一冊と表の帯に書かれている。

裏の帯には、私たちは100年前の漱石やウェーバーと同じ壁

にぶつかっている!。

「私はいま、いまだかってないほど開き直っていて、

大げさに言うと、矢でも鉄砲でももってこいと

いう気分になることもあります。

悩みの果てに付きぬけたら、横着になってほしい。

そんな新しい破壊力がないと、

今の日本は変わらないし、

未来も明るくない、と思うのです。」と。

自由の拡大といわれながら、幸福感高まることなく、

いつも余裕なく急き立てられ、人間関係も殺伐として

味気ない・・・・・・。

人生とは、自分がどうすべきなのか選択せざるを得ない

瞬間の集積りであり、それを乗り越えていくには、・・・

自分でこれだと確信するまで悩みつづける。

あるいは、それしか方法がないということを信じる。

序章「今生きる悩み」から、・・・・・・「青春は美しいか」

「何の為に働くのか」「なぜ死んではいけないのか」そして

最終章「老いて最強たれ」においては、役者や、映画作りの夢を、

もっと実現に近い夢は、60歳で大型二輪をとり、ハーレーで

日本縦断、朝鮮半島の南北縦断の旅を・・・・・・。

最後に、

「若い人に大いに悩んでほしいと思います。悩みつづけて、

悩みの果てに突き抜けたら、横着になってほしい。

そんな新しい破壊力がないといまの日本は変わらないし、

未来も明るくないと思うのです。」としめくくっている。

悩みの多い今日この頃、人の話しに耳を傾けようとしない

マスコミ、政治家等が出演のTV番組が多い中にあっても、

いつも落ち着いた口調で語り、好感度の人 姜尚中氏の著書

「悩む力」である。

悩みの多い?私も、著者の顔を浮かべながら、車中で一気に

読んだ。

悩みつづけて、早く悩みの果てに突き抜けよう・・・・。

                                                                                                               

姜尚中 (カン サンジュ)

1950生まれ。

早稲田大学大学院政治学科研究科博士課程卒

東京大学大学院情報学環教授

著書 「マックス・ウェーバーと近代」「ナショナリズム」

   「東北アジア共同の家をめざして」「日朝関係の克服」

   「在日」「姜尚中の政治学入門」「愛国の作法」

「ニッポン・サバイバル」など

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「新報道2001」㈱ソフトブレーン元社長 宋文州 4月

最近テレビでラフなスタイルの宋文州氏をよく見る。

日曜日に関していえば

関西テレビ  7:30「新報道2001」

読売テレビ 18:00「真相報道バンキシャ!」

NHK   夜11時台「カンゴ・ロンゴ」(3月で終了)

 3,4年前だったか、参加者10数名のあるセミナーが

始まる前に「ソウです」と講演者に挨拶され、私の後ろの

席に座られセミナーを受講された。 

2次会が居酒屋風の店で開かれ、自己紹介(私の左隣の席)

のおりに、中国の将来の政治のことを(もちろん日本語で)

とうとうと話された。 その時もノーネクタイで。

その時の第一印象は、自己紹介の時間なのに少し喋りすぎや

なと思った。

その後、テレビでみて「あの時の人が、宋文州氏や!!。」

と、驚きと感動の一瞬であった。

 3月はじめ、その宋文州氏講演の案内がFAXされてきた。

基調講演 宋文州「不況は、とても重要だ!~ピンチを

         チャンスに変えていこう」               

*不況が好きな人はいない。しかし不況は重要だ。

*不況がないと経営者はリスクを忘れ、社員が甘くなり、

 営業は利益を重視しない。

*不況の時にしか、勉強できないものがある。

*不況の時にしか、できない改革がある。

*不況の時にしか、できないシェアー拡大のチャンスが

 ある。

「不況を生かそう」「不況が人を育てる」

(マスコミに惑わされない → 悪環境をどこで食い止めるか

 → その努力の差が、3,4年後に会社が延びるか否か

 =戦争でなかってよかったではないか。戦争なら何もかも

  なくしてしまう。)

等、ノーネクタイ、白いワイシャツ姿で、原稿も見ることなく

自分のことばでよどみなく喋られる約40分の講演も大変短く

感じた感動の講演であった。

帰りのエレベータ前で名刺交換し、今日の講演に感動したことや、

以前お会いした時のこと、宋氏のエッセイ「野菜を育てる、人を

育てる(菜園作りとマネージメントには、多くの根源的な共通点

がある)を2005年5月に読み感動したこと、私自身もまた、屋上

で3坪位の菜園をし、育てた野菜を社員に配布していることも告げた。

「そうですか・・・。」とニコニコされて、「じゃ、またネ。」

と手を挙げエレベータの人に、大変気さくな人である。

2005年(40歳)に東証一部上場をされたとの事であるが、

業界最大手の元社長のそぶりがないので、私自身はそのような

有名人とは最近まで知らなかった。

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文洲の評論とエッセイ。傍目八目。単刀直入。 ...  文洲の見方に

触れて「なるほど」、「ちょっと違う」、「何を言っているか」と様々なご意見があるの

も承知のうえです。 ... この点において 文洲も決して例外ではありません。

..www.soubunshu.com  

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海津大崎(日本の桜100選)                                                   

観光の屋形船「犬の船長さん」20090411_dscf0271_6

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「第81回アカデミー賞」    2009-3

政治、経済においても暗いニュースの氾濫する毎日であるが、

23日の月曜日(ロスでは22日の日曜である)午後1時過ぎ

明るいニュースが飛び込んだ。もちろんテレビのLIVEで!!

日本の作品「おくりびと」「つみきのいえ」でダブル受賞。

毎日新聞夕刊の一面のトップに、

アカデミー賞日本作品ダブル受賞 大きな文字が躍っている。

「滝田洋二朗監督(53)の「おくりびと」が外国語映画賞に。

56年度(29回)に同賞が独立した賞になって以来、日本作品が

受賞したのは初めて。

また、加藤久仁生監督(31)の「つみきのいえ」が短編アニメー

ションに選ばれた。日本人監督作品の同賞受賞は初めて」との報道。

特にモックン(本木雅弘)扮する「納棺師」は、彼が16年間あたため

ていた作品とか。(チェロ奏者から、納棺師に転職した主人公が死者

を装う仕事の中で家族の絆を再確認していく物語)

青木氏著「納棺師日記」の映画化で、なかなか著者の許可がいただけ

ず、日参してやっと条件付でOKをもらったとか。

その条件とは、名前を出さない、山形のロケ地に反対(著書の舞台は

富山)「納棺師日記」を「おくりびと」とする等。(ロケ地の件は、

その後了解していただいたとか)

 映画化が決まり、実際の葬儀にも何度も何度も立会い、人が3ヶ月も

かかって覚えるところを、1か月でマスター。

初めて手にしたチェロ(主人公が、プロのチェロ奏者であったので)

ぎこちないもち方から短期間で驚くほど上達した演奏、その熱意に

プロの指導者も感心されていた。

明るいニュースといえば、昨年4人の日本人が同時にノーベル賞

を受賞したことでも日本を世界中にアピールされた。

この時も、何十年前の研究に対しての受賞でもあった。

我々、子供の頃は10年一昔といったのに・・・。

モックン(本木雅弘)が16年間暖めていた作品というから、27歳の時

の思いが43歳で大きな花をさかせたことを知り、そのモチベーション

の持続に驚き感動した。

アカデミー賞といえば、ハリウッドのコダックセンターで毎年2月の

最終日曜日に開催されるようである。

2年前の2月25日(日)第79回授賞式が開催されるその週の初めに

会場の前を散策した時、この階段をノミネートされた監督、俳優が登り

センターに入るのかと大変感慨深げにそこにたたずんだことを鮮明に

覚えている!。

たしか日本人女優「凛子?」さんが受賞するのではと騒がれた。

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実はわが息子の初めての世界での学会発表を、サンフランシスコで

参加、(英語なので、何をしゃべっているのかわからなかった。

日本語でも同じかな)観光後、ロス市内の観光をした。

その時の写真である。もちろん、ホテル近くの散歩途中に

刑事「コロンボ」、三浦一義で話題を呼んだロス市警、

シビックセンター(ディズニーコンベンションセンター等)

や多くの有名な建築物をも見学することができた。

息子にかこつけた大変思い出の残る旅行であった。

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「この国はどこへ・・・」画家 平山郁夫 09-2

人が集まると、「100年に一度の不況・・・・・・・・」と

よく話題がでる。

「もうそんな話しはこれぐらいして、明るい話しをしよう

じゃないか。」といいたくなる。

同窓会にいくと、病気の話しに花が咲く?。

「もうそんな暗くなる話しは、やめようよ」といいたくなる。

マスコミも派遣社員の話題を、気の毒だ、かわいそうだ・・・

・・・から、期間決められた雇用なのにナゼこのような事態に

備えての準備、蓄えをしなかったから・・等とにぎわしている。

「もっと、明るい話しをしようよ。」といいたくなる。

2月3日付毎日新聞に、中国推計工場閉鎖などで都心部に出稼ぎ

「農民工」約13000万人のうち、15%強の約2000万人が金融

危機による工場閉鎖などで失職したとの推計を明らかにした・・

・・・と。 やはり中国は何事もビッグである。

毎日新聞といえば、昨日(二日)夕刊の“読ん得”

画家平山郁夫(78)氏が、

「この国は どこへ行こうとしているのか」との題で、

 ほぼ一面をさいている。

「100年に一度の不況といわれているけれども、太平洋戦争で

無条件降伏した時、15歳で広島で被爆。多くの友が即死、その

後放射線障害で大勢の人が亡くなった。日本の主要都市も空襲で

ほとんど焼け野原、何百万人の軍人も失業。

住む家もない、食べるものも、着るもの、薬もない。その時のこと

を考えると、まだまだ豊かじゃないか、そう思えてならない。」と。

「自分の努力が足りない、怠けているのをさておいて、親が悪い、

先生が悪い、社会が悪いと、責任を押してばかりいる。己を顧みる

ことを忘れているわけですね。

ちいさい時からの教え、しつけが非常に大切だと思うんです・・・」

「あとどれだけ絵が描けるか、時間との競争です。」

1日8~9時間は、キャンパスに向かうと。 昨春体調を崩されたが、

ますます元気な、平山氏である。

(紙面の真ん中には“「教育」が大切”と大きな文字が・・・。

平山郁夫美術館 || 冬期企画展 『シルクード夫婦行』

www.hirayama-museum.or.jp

元気な話しといえば、雑誌 日経ベンチャー(2009-2号)に

視界ゼロでも迷わない “信念の経営改革” 

  自分を信じ、人を生かし、会社を強くするのコーナーで

「ワンマン」ジョブスと

     「人の和」「好況よし、不況さらによし」松下幸之助

(困難へ立ち向かう姿勢は驚くほど似ている

 =経営不振の理由を不景気のせいにしない強い信念)

スティーブ・ジョブズ - Wikipedia... ...ja.wikipedia.org/wiki/

松下幸之助 - Wikipedia... ..ja.wikipedia.org/wiki/

 

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 「千日回峰行」酒井雄哉、塩沼亮潤師 2009-1

         

初詣は、毎年元旦の朝、生駒の聖天さん(商売の神様)におまいりする

のが、初代社長のときからの恒例の行事である。

今年も快晴の中、新社長とのお参りであった。

マスコミの「100年に一度の大恐慌?」との声に「毎年より参拝者が

多いのでは?」と思ったがそれほど混雑はなかった。その帰りに社長が

高島易断の本を買い、これから先三年は二重丸だと笑顔で・・・・・。

今年も運勢を語り合うことから新年が始まった。

(ちなみに、わたしのおみくじは、大吉であった。)

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初日の出

昨年同様、二日の昼ごろ夫婦で比叡山ドライブウェイを走行していた

(比叡山の麓の坂本辺りは気温5度位)が、山頂に近づくつれ雪が激

しく、道が凍結前の様相(車外温度0度)「ノーマルタイヤはご遠慮

ください」の看板を目にして、凍結の怖さを知っているので引き返す

ことにした。

琵琶湖側の坂本からロープウェイで比叡山延暦寺駅に向かった。

(昭和2年敷設、2025m、日本一長いケーブルカー)

昔、山頂駅内に犬が座っていた。「坂本の里のお坊さんの犬で、

そのお坊さんについて山頂に来るのが習慣になっており、お坊

さん亡き後もその犬が山頂まであがってくる」との駅長さんの

話を思い出した。

山頂駅でその後の犬の事を聞いたが、若い運転手さんは「知らないと」

との返事。

犬の寿命は15年位というから、いずれにしても成仏しているはずで

ある。駅の案内の棚に、色々なカタログが並べられていた。

そのひとつを手にした。

以前テレビで厳しい千日回峰行のドキュメンタリー番組を見たことが

ある。その時の主人公の案内であった。

「人間・酒井雄哉」の心が伝わる貴重な映像の数々と。

(DVD、ビデオの案内)

酒井雄哉 大行満行大阿闇梨 

「名刹 心の便り みのり」 『今』を生きるささやかなヒント

「落ちこぼれだった」と語る酒井師が、俗世から出家し二度の千日回峰

満行し比叡山飯室回道を辿る映像を交え、延暦寺と酒井師を紹介。

瀬戸内寂聴師と「子供達に対する家庭での躾け」「頂いた命の大切さ」

語る。

又、草野満代アナウンサーとの対談で

「人間の原点である歩く事へのこだわり」「本物に触れる事の大切さ」

「実践する事の大切さ」「一日一生の心構えで生きること」

そして「みのり」についてなど心に響く「今をヒントに生きる」

酒井師の話が師の人間性と共に伝わって来る・・・・・。 

              (発売元 日本クラウン株式会社)

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www.hieizan.or.jp

比叡山は、千日回峰など過酷な行をされることでも有名であるが、

大峰千日回峰行もあることを今年初めて知った。

塩沼亮潤 大峰千日回峰行大行満大阿闇梨

苦しい時ほど「うまくいく」と信じ 行動に全力を尽くす。

出口が見えない苦境こそ 人の心を成長させる。

100点満点の人はいない 皆50点

逆境を乗り越えたとき 悟りの花が見える

卑屈にならず焦って、もがかず自分を哀れまない

奈良県吉野山の金峰山寺蔵王堂から、大峰山まで48km、

高低差約1300mの険しい山道16時間かけ毎日歩く。

山開き期間年間120日、足掛け9年、地球1週分をこえる

4万8000km。途中で失敗すれば短刀で腹を切るか、紐で

首をくくるか・・・・

夜11時半に滝場で身を清め、深夜0時半杖と提灯で山に分け入る。

午後3時半ごろ里へ戻り、掃除,洗濯、日誌を書き、夜7時半に就寝。

行中の睡眠時間平均4時間半。    1999年31歳で達成。

          雑誌 日経ベンチャー(2009-1号)より         

今年は、雪景色の延暦寺国宝根本中堂のお参りとなり、お堂の中では偶然

にも甲子園球場でお馴染みの比叡山高校野球部の皆さんの今年の必勝祈願

?と遭遇した。

私は会社隆昌、家内安全をお願いし、「除災招福」「家内安全」

と書かれた札、「開運招福」の絵馬や鈴の付いた幸先矢を買った。

まさに心洗われるこの幽玄な比叡山の根本中堂を後にし、雪道を足早

に山頂駅に向かった。

比叡山の教えー「一隅を照らす人になる」

        一人ひとりが相手の立ち場に立って考え、

  自分のできることを精一杯行うことが、

    周りが良くなっていくことにつながる。http://www.sakai-yusai.com/yougo/yougo.html

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「マンダラ手帳・・・」松村寧雄2008-12

今年も、あと一ヶ月を切った。今年を振り返ると、4月に結婚

40周年、3月には息子の結婚と節目の年であった。

当社においても節目の年で、10月の私の誕生月に弟と代表

取締役を交代し会長(同業の代表者兼任は、業法上不可)に、

そして(子会社)の代表取締役に就任。

 経済情勢が非情に厳しい中にも何とか社員の遊びも少ない?

一年で、新規顧客も10月1日に契約でき、子会社もこの夏に

いい実績がつく節目の年でもあった。

さて来年はいい年になるようにと、誰もが願うものであるが、

先日恒例の2009年の手帳を都ホテルよりいただいた。 

手帳と言えば、以前から㈲がんばれ社長の武沢信行社長が、

「マンダラ手帳」松村寧雄著を推奨されている。

 先日武沢社長の通販で買い、著作者の松村寧雄氏ごご自身の

 活用説明会に参加した。

 20~40才台利用者が多く、50代は少々、私の年代の人

 は何人いたかな?。

 その講演会で図解解説書を買った。

  目次―1 「マンダラチャート」で思い通りに生きられる

“問題の本質が見えてくる9マス発想術”

    -2 どんな問題も解決できる「マンダラチャート」

       実践術

        “書くだけで、仕事も人生もうまくゆく!”

 今現在、なれない書式なので利用に戸惑っている。

 恒例の手帳だと書式が頭に入っているので話が早いのだが。

 悩んでいる(若き?ウェルテルの悩みである)

 そろそろ来年のことを箇条書き(WISHリスト作成)にし、

 重要か、重要でないか、急ぐか、急がないかに仕分ける時期

 である。 又、今年1年の反省も交えながら・・・・。

手帳の活用の仕方  著書“手帳200%活用ブック”より       「新しい手帳を選ぶために読む、FULL活用するために読む」

   

“夢をかなえる為のとっておきの工夫”

1-他人の為に!

 「自分のため」だけでなく、「家族、友人のため」という視点

  から夢や目標を考える。

 人は「自分のため」よりも「他人のため」のほうが、頑張れる。

2-目立たせる!

  夢関連の記入の色を変えたり、シールやスタンプを利用した

  りすると、ひと目で仕事等のスケジュールとの違いがわかり、

  より夢を意識付けできる! 

3-結果を残す!

  夢に向かって実行したことを書くと、自分の努力が目に見え

  てわかるので励みになり、継続力が何倍も増す!

4-宣言する!

  家族や友人、同僚などに夢や目標を話しておくと、引っ込み

  がつかなくなり、苦しい時に、もうひとふん張りできる。

1年は、12ヶ月=52週=365日=8760時間 

―遊びも仕事も大充実

来年こそは少しでもいい年になるようにと、誰もが願うもの

である。皆さんいいお年を、お迎えください!!

手帳2009 マンダラ手帳でスケジュール管理 - クローバ経営研究所 -

マンダラビジネス手帳」の販売。経営セミナー等の案内。 ... マンダラ手帳の色も増え、

楽しさもプラス。 人生とビジネスのパートナーにマンダラ手帳を活用すれば、あなたの能力

を自然と引き出し、「実現したい姿」へ導きます。 マンダラ ...www.myhou.co.jp -

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「君に成功を贈る」 中村天風 述 08-9

「君に成功を贈る」この本の紹介は、数年前にインターネットで

見たことがある。

よさそうな本だなと思ったが、中村天風(てんぷう)氏は明治9

生まれの方で,その文面も古めかしそうだったので,あまり買う気に

はならなかった。

しかし、先日アリオ八尾の本屋で偶然目の前に現れた。

手に取り「はしがき」を読み感動し、即座に買うことを決めた。

この本を、お盆の13日午後と14日午前で一気に読み終え、私の感動

1冊(約270ページであるが文字も大きく語り口調の講演原稿なので

読みやすい)となった。

その帯には、「魂に直接語りかけてくる感動の教え54項目・・・」

      東郷平八郎、原敬、松下幸之助、ロックフェラー三世など、

時代のリーダー達がなぜ天風に心服したのか・・・・

希望に満ち溢れる若者達を前に、熱く、優しく、しかも

面白く“人生成功の哲学”を解き明かす・・・

はしがき 天風スピリットの基本的考え方は

           「心の思いが人生を作る」 

     「心のあり方・使い方」ひとつで、人生をどこまでも生き

      甲斐のある、豊かな、幸せな、価値の高いものにするこ

      とができる・・・・・。

     「感情が人間の運命を左右する」と説いている・・・・。

目次は、幸せな人生を作る、強い命をつくる、 価値高く生きる、

思いどうりの人生に生きる、     敵も見方にする、

笑いの人生に生きる、        人生極楽の秘訣

どんな学問ができようが、どんな経験を積もうが、どんな手腕をもって

いる人間であろうが、他人に好かれない人間というものは、もうだん

ぜん有意義な幸福な人生に生きられないんですよ。

運命だって、心の力が勝れば、運命は心の支配下になるんです。

昔から言うでしょう。

「勇気は常に勝利をもたらし、恐怖は常に敗北をもたらす」

人生極楽の秘訣―なにはさておき「現在に感謝」

        不平不満を言うようなケチな気持ち心もちは、

        海の中なり山の中に捨てちまえ。来年こそ、

        来年こそと思えば、50年ぐらいすぐ経ってしまい・・。

中村天風とは 

明治9年、華族に生まれながら、軍事探偵となり、満州へ、

人斬り天風」と恐れられる。

死病を治すために欧米からインドへ。その間、コロンビア大学で

医学を学び、日本人初のヨガ直伝者となる。

帰国後、東京実業貯蔵銀行頭取、大日本製粉重役となるも、突如

一切の地位を投げ打ち大道説法に転じる。

270ページ余りの本であるが、講演の文章なので「語り口調」で大変

読みやすいく、いつの時代にも通ずる話に感動した。

私の思い出の本の一冊である。

本年の私のことばの「感動」

         -満足は忘れやすいが、感動は忘れない!)

これからも、いい本を読みモチベーションを高めて生きたいもので

ある!。

私事ですが、今月号で2005年7月(「三都物語・・・」安藤

忠雄)からはじめた「社長のひとりごと」コーナーも38回目を

迎えましたが、これが最終回になります。

といいますのは、私が本年10月で満65歳の誕生日を迎えるに当たり、

これを機会に社長22年間)交代をいたします。

当社の会長として在籍しますが、このコーナーをどうするか熟慮中

です。

最後に、このコーナーを読んでいただいた皆様に、

厚くお礼申し上げます。

                 

                   2008-9-1

                   代表取締役社長 吉原保之

  【T E L】 06-6791-1343   

  【F A X】 06-6791-1389

 【e-mail】 y@yoshiharakensetu.com

 【U R L】 http://www.yoshiharakensetu.com/

   
38回を振り返って

05- 7「三都物語・・・」   安藤忠雄、堀江貴文、神原弥奈子氏

 - 9「桜井よしこさん・・」桜井よしこ氏,田久保 杏林大学客員教授

                       宮原秀夫 阪大総長、船津光男 大和ハウス副社長

 -10「人との出会い・・」  木村 ミキハウス社長、

               エッセイスト、旅行作家 高木美千子氏

 -11「がんばれ社長・・」 ㈲がんばれ社長 代表取締役 武沢信行氏

               サクセスなには㈱ 社長  田中得夫氏 

 -12「大阪産業創造館・・」㈲がんばれ社長代表取締役 武沢信行氏

06-01「男の夢の見つけ方・・」プロスキーャー 三浦雄一郎氏、

                タレント、作家 竹村健一氏

 -02「ゴーン経営最高責任者・・・」日産経営最高責任者 カルロス・ゴーン氏

  -03「創業70周年・・・・」     プロ野球選手 松井秀喜選手、

                           NBCコサルタンツ株式会社 野呂代表

              聖路加病院理事長 日野原重明氏

  -04「王監督とイチロウの笑顔・・・」王監督、イチロウ選手、

                              フィギャースケート 荒川静香選手

  -05「書籍・国家の品格・・・・」御茶ノ水教授藤原正彦氏、中曽根元総理

  -06「時代を読み解く“キーワード”」大阪産業教育センター所長 硯井昭氏

 -07「日本山岳会会長と・・」 日大名誉教授、工学博士 

                 日本山岳会会長 平山善吉氏

  -08「情熱が、人を動かす」  松下電器産業㈱ 松下幸之助氏 

                                WTO(世界保健機構)職員 進藤奈邦子氏 

 -09「文芸春秋といえば・・・」 フリージャナリスト 桜井よし子氏

 -10「数年後に、起きていること」多摩大学名誉教授日下公人氏 著

  -11「平凡を続ける・・・・・」小林一三氏(阪急電鉄,宝塚歌劇を創設)

               鍵山秀三郎(イエローハット相談役)

  -12「三日坊主・・・・」   舛田光洋氏(「掃除力」の著者)

07-01「日産ウェイ・カルロス・ゴーン」日産経営最高責任者カルロス・ゴーン氏

  -02「食の商い・・・・」がんこフードサービス㈱代表取締役会長 小嶋淳司氏 

 -03「“決定”で儲かる・・・・」 ㈱武蔵野代表取締役社長 小山昇氏著  

 -04「浮世絵師―葛飾北斎」   ㈲がんばれ社長 代表取締役 武沢信行氏

 -05「仕事ができる人の特徴」  日本電産社長 永守氏

 -06「一度は燃えにゃ、・・・・」星野仙一氏

                     (阪神タイガースオーナー付・シニア・ディレクター)

 -07「何のために働くのか」SBIホールディング㈱代表取締役CEO北尾吉孝氏   

 -08「心の玉手箱」      歌手 谷村新司氏  

 -09「関西ジャズ協会会長との・・・」 関西ジャズ協会会長 大塚善章氏  

 -10「過去と他人は、・・・・」   ㈱武蔵野代表取締役社長 小山昇氏 

 -11大阪市中央公会堂が100万円で・・」株仲買人 公会堂寄付者  岩本栄之助氏 

 -12「熱狂のことば・・・」   ㈲がんばれ社長 代表取締役 武沢信行氏

08-01「生駒の聖天さんへ初詣」  第39代金剛組社長   金剛利隆氏 

 -02「オシム監督国立競技場へ・・・」前全日本サッカー監督 オシム氏

 -03「満足は・・・が、感動は忘れない!」マラソン選手 土佐加代子氏 

 -04「続・・・感動は忘れない」韓国大統領、プロスキーヤー 三浦雄一郎氏

 -05「雨が降っても喜ぼう」              嶋津良智 著 

 -06「ガイヤの夜明け~闘い続ける人たちの物語」役所広司、蟹江敬三氏

                   日本ポリグル㈱代表取締役会長 小田兼利氏

-07潜在能力は無限です」      サクセスなにわ(株)社長 田中得夫氏 

 -08「宮大工金剛組みに学んで・・・

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「潜在能力は無限です」

  「潜在能力は無限です」

 私のモチべションを高めるひとつに、

成功への道しるべ”SMI(Success Motivaition Institute)

がある。

今月も送られてきた“成功への道しるべ”の紹介を!      

                       http://www.sgp-jp.com

「潜在能力は無限です。目標が大き過ぎるということは

ありません。限界というのは自分が勝手に作っている壁

に過ぎません ・・・・・・・・現在のあなたの状況は、

過去の選択の繰り返した結果です。同じように未来の

あなたの状況は、今これから行う選択の結果です。」

         (DPMレッスン2 豊かさの世界)
「人生は選択の連続です。 あなたが世界の豊かさの

分け前にどれだけ預かれるかは、あなたの選択次第な

のです。そしてあなたには、どんな決定も自分で出来る

選択の自由が与えられているのです。

この選択の自由はあなたが持っているものの中で最大

のものといえるものなのです。

あなたの行う選択が、それに続く結果を決めるのです。」
         (DPMレッスン2

大正から昭和初期に活躍した後藤静香の次のような詩が

あります。
        「第一歩」
   十里の旅の第一歩   百里の旅の第一歩
       同じ一歩でも覚悟が違う

   富士山に登る第一歩  三笠山に登る第一歩
       同じ一歩でも覚悟が違う
   どこまでいくつもりか どこまで登るつもりか
       目標がその日、その日を支配する。
横浜高校の創立者がこの後藤静香の後輩だったことから、

この詩は同校の精神的な支柱になっているようです。
 メジャーリーグで活躍する松坂大輔は横浜高校へ入学

した頃、素質はあると評価されていたものの、そんなに

練習熱心ではなかったといわれています。
当時の野球部の渡辺元智監督から、この詩のことを学び、

高い目標を掲げることを示唆されたことが、彼の潜在能力

を開花させるきっかけとなりました。
 甲子園では優勝を果し、日本のプロ野球界でも活躍しま

したが、そこに止まらず、メジャーリーグを目指したのも、

渡辺監督から影響を受けたことが大きいようです。

目標が、その日、その日を支配する は彼の座右の銘です。

「世界は豊かさに満ち溢れているのに、多くの人はパワー

シャベルでなく、ティースプーンを持って人生の泉にやって

くるのです。その人達は、ほんの僅かしか期待しません。

その結果、ほんの僅かしか得られないのです。」
        (PSP1レッスン3 潜在能力は無限だ)


 大きく考え、そして大きな目標を掲げることです。
  明日の朝は、同じ朝でも覚悟が違う。

531-0072

大阪市北区豊崎3102

 I & F 梅田504
    
サクセスなにわ(株)  代表取締役 田中得夫
       Tel
06-6376-1055  Fax06-6376-1070
            E-mail
s-naniwa@sgp-jp.com               http://www.sgp-jp.com

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「ガイヤの夜明け~闘い続ける人たちの物語」

経済低迷で自信を失った“日本人”へ何らかのメッセージを送る。

地球規模で取材展開を図り“10年後のニッポン”を見据えて

“復活にかけるニッポン”をヒューマンに描く。 

         ビゲーター 役所広司   ナレーター 蟹江敬三 

ゲストー日本ポリグル㈱代表取締役会長 小田兼利

“海外で飲み水に困っている人々に・・・・・・”放映)

          大阪テレビ6月3日午後10時より

            BSジャパン本放送:6/6 金曜日 夜9時より

                再放送:6/8 日曜日 朝9時より

私は、6月5日()に先日(22日)のR奉仕団体での卓話のお礼に、

小田会長の会社を訪問し(週報と、当日の写真を持参)、 6月3日に

初めて「テレビ大阪」の番組を見たこと、当クラブでも大変好評だった

   ことを報告した。

    TV局から、「ガイヤの夜明け」始まって以来の10.7%

高視聴率、多く方々からのFAX,メール、電話が局に、そして

会社にきたことをおうかがい、それらを見せていただいた。

 実は、わがクラブにおいて5月22日に「世界の国々が、

日本の技術と知恵を待っている」という演題で、小田会長

に約30分“海外で飲み水に困っている人々に、その解決す

る研究を阪大と共同研究・・・・・・・・”、ということで、

講演をしていただいた。

我々クラブの活動(海外での井戸掘り)とも共有する部分が

あり大変興味深い内容だった。

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当クラブで講演中の小田会長(天王寺都ホテル於)

5月1日“南”の行きつけのラウンジHへ久しぶり(3月

中旬某放送局のアナウンサーの東京栄転最後の夜にご一緒

して以来)に行き、偶然にも隣席に座られ意気投合し、我

がクラブでの講演の依頼を即決快諾していただき(その時

同席された、某教育テレビで囲碁の解説者のK九段とも

名刺交換ができ・・・・)、またまた新しい出会い楽しい

思い出ができた。

日本ポリグル㈱のホームページより   

www.poly-glu.com/company_profile/index2.htm

「世界の人々が安心して生水を飲めるようにすること」

スマトラ沖地震救援活動(タイ政府からの要請により)

海外事業の展開―中国、シンガポール、アメリカ、

        韓国の現地法人を通して活動

        タイ、マレーシア、メキシコへも計画中

“広義な経済”をテーマとした経済ドキュメンタリー番組。

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「雨が降っても喜ぼう」嶋津良智著 

「雨が降っても喜ぼう」 

“ええ?”と、誰しも一瞬思う。

雨が降れば、心までしめっぽくなり梅雨時の悪いイメージ

を想像するもので、どちらかと言えば「天気になればいい

のにな!」と思う人が多いのでは・・・。

5月の連休はほぼ快晴で、多くの皆さんが、ふるさとや

行楽地に繰り出されたのではないだろうか。

(雨だと出足が鈍るものである)

(嶋津良智著書「雨が降っても喜ぼう」より)

私は毎日イライラしていましたし、怒ってばかりして

いました。でも、怒らないと決めてから、人生が大き

く変わりました。

「心のあり方」「考え方」「モノの見方」が、人生を決

めている!。よくスポーツの世界では「一流選手と二流

選手の違いは、メンタル面の違いだ」などとよく言われ

ます。実際、技術的な差はほとんどないにもかかわらず、

結果が大きく違ってくるのです。

 実は、私たちの人生も同じなんです。

「精神的にも経済的にも良い人生を送っている人」は

「心のあり方」「考え方」「モノの見方」を重視して

いるのです。

私自身も、このことに気づいてから人生が大きく変わ

りました。

「チャンス」「出会い」「人間関係」「幸運」「情報」

「幸運」「ヤル気」「投資」「お金」・・・・などで、

とても恵まれるようになりました。

―こんな人に読んでもらいたい!!―

:仕事、家族、恋人、友人などの「人間関係」をよく

 したい!

:「夢」や「目標」を思い通りに達成したい!

:最近「イライラ」や「怒り」を感じることが多く

 なった。

:「チャンス」や「出会い」を引き寄せる方法を知

 りたい!

:「何かに終われていたり」「何かに振り回される」

 人生から抜け出したい!

:単なる「ポジティブシンキング」興味はない!

:「もういやだ」と時々思ってしまう!。

:「ストレス」「肩こり」「体重増加」「病気」で

  悩んでいる人!

  ―――――――――――――――――――――――

 本年3月16日に「雨が降っても喜ぼう」を、大阪の

ジュンク堂で買った。

昨年末に発行されたこの本を知ったのは、モチベーションを

高めるメールをいただく中に、その案内が掲載されていた。

5月の連休中に再読し、精神安定剤になった。

ストレスの溜まる昨今の社会情勢、

  著書「雨が降っても喜ぼう」読んで

     少しでも精神安定剤になればと思い・・・!。

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「続・・・感動は、忘れない!」

地元の加美南小学校の社会科の先生から電話がはいった。

生徒が企業にインタビューし、その内容を授業参観で発表

したいと。S先生と5年生の3人(男子1名、女子2名)

の生徒さんが来社され、N次長(当社1昨年完成した校舎

とプールの現場社長)と私が出迎えた。

始まる前に、昭和19年創業の歴史のある学校であること、
当社も本年創業72周年を迎えること、

上場会社のシャープ㈱の町田勝彦会長(前社長)、

丸一鋼管㈱の吉村会長(前社長)はじめ立派な方がこの

加美地区から輩出されたこと等を話しながら、和やかな

雰囲気の中で、インタビューがはじまった。

工事の苦労、工期、職人の数・・・・・・、当社が他に

学校関係の仕事はどれくらいしているのか等などの質問

が続いた。インタビューを無事終え、「社会科の授業参

観のいい資料ができました。」と感動の言葉をきいた。

感動といえば、2月末就任の韓国大統領も、4歳までこの

地元の加美南で生まれ育ったことも、最近のマスコミで取

り上げられ、この中河内郡加美村字加美の時代を偲ばれる

生誕の碑が建立されると先日も報道された。

それは、おそらく当社より北へ数百メータ、学校より南東

に数百メーターの所に・・・・・・。

大統領来日のおりにおそらく生まれ育ったこの地を訪れ

られるであろう。これが更なる日韓交流の架け橋になれ

・・・・・・・・。

感動と言えば、2月の社長のひとりごとで、

「私の記憶が間違いなければ、プロスキーヤーの三浦

雄一郎氏が、今年75歳でエベレスト再登頂すると、

以前聞いたことを記憶している。元気で勇敢な人で

ある」とふれた。

  (3月16日の産経新聞見出しによると)

「75歳の“超人”三浦さん、世界最高峰へ再挑戦」 

「試練乗り越え・・・・8848メートルの頂に」

「登頂から下山まで、11日の予定」 

「地形は刻々変化、往復別ルートも」

プロスキーヤーの三浦雄一郎さん(75)が5月、中国・

チベット側から世界最高峰チョモランマ登頂に挑む。

(8848メートル)

5年前、70歳でネパール側から登頂し、当時の世界

最高齢記録を打ち立てた三浦さんは、今回成功すれば

再び記録を更新する。

20歳の人の運動能力が、90歳並に低下するとされる

チョモランマ登山。

 三浦さんは、新たなる挑戦に向け、加齢による肉体の

衰えや、持病の克服に取り組んできた。

「決してあきらめず、一歩ずつ」踏みしめてきた足を、

いよいよチョモランマに踏み出す。

プロスキーヤーの三浦雄一郎

昭和7年青森県生まれ。北大獣医学部卒。

39年直滑降の速度を競うイタリア・キロメータ

ンセで、時速172.084キロ世界新記録を樹立

41年富士山直滑降。   

45年エベレスト・サウスコル(8000メートル)

からの世界最高地点スキー滑降に成功、その記録映画は

アカデミー賞を受賞。

60年には世界7大陸最高峰のスキー滑降を達成。

クラーク記念国際高校校長。

我々にも夢を与えてくれる輝かしい、

感動の記録である。

PS

社長のひとりごと 「満足は・・・が、感動は忘れない!

2008.3 の感想をいただきました。

 H.Mさまありがとうございました。

 これからも、皆様の感想を楽しみにしています!!。

H.M氏より

国民的英雄と言われている福士加代子・高橋尚子の

今回の行動は背信行為と言わざるを得ない。

いずれも 試合前は素晴らしいニュースばかりで

いかなる結果であれ我々の興味をそそったが事後

の報道によると当たり前の結果で事前に分かって

いれば他のチャンネルを見てただろう。言われて

いる通り福士は42.195キロを走ったこと

もない・6ヶ月前に膝の手術したばかりで走る

高橋など言語道断であまりにも同じ競技者を馬鹿に

した行為で彼女ら2人の素晴らしい経歴を無にした

ものでこれを取り戻すにはこれまでの数倍の努力を

ようするだろう。

 言われる通り「感動は終生忘れない」だが・・・残念・・・。

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「満足は・・・が、感動は忘れない!」

当社では年頭の挨拶の折に、「本年の社長の辞」を発表するのが恒例と

なっている。

    本年は、「感動」(満足は忘れやすいが、感動はわすれない!)と。

    今月25日当社恒例の行事「稲荷祭り」「創立記念の集い」が、社員と

数十年以上お付き合いの協力業者の    皆さんと共に、当社集会室にて

開催される。その時の私の挨拶の中に、いつもこの「本年の社長の辞」を

発表する。

    昨年の五月に事務所及び配送センターーを竣工し、喜んでいただいた

S社の元気な社長さんの訃報が1月末に届いた。

しかも満54歳。12月より肺炎から・・・・・・とのことだった。もちろん、

お通夜、葬儀にも出席させていただいた。

    来賓の弔辞に引き続き、社員の弔辞と続いた。祭壇に向かった9名の

幹部の方々。

亡き社長が機会あるごとに「お客様を大事に」「取引先を大事に」

「関連会社を大事に」「社員を大事に」   「家族を大事に」・・・・・の言葉、

この社長の意思を、この9名はじめ他41名計50名の社員が、引き継ぎ

ますとその決意の表明をされ、最後に9名の方々一人ひとりが、ご自分

自身で名前をいわれ全員で「社長ありがとうございました。」と合唱された。

    大変感銘、感動?の弔辞で あった。

(会場では、すすり泣く声がいつまでも続いた。)

   同じ1月の最終の日曜日、大阪国際女子マラソンが開催された。

フルマラソンに初めての出場という福士加代子さんが、「北京オリンピックの

出場をかけて」と、大変マスコミを騒がした?。

中距離ランナーの日本の第一人者である。 30キロまでトップだったが、

その後最終的に18人に抜かれ、沿道で倒れ、長居競技場に入ってか

らも、何度か倒れるアクシデントの中でのゴール。

長居競技場の多くの観衆も、涙がこみ上げる大変感動のシーンであった!

大変感動のレースであった!。彼女が競技場を後にする時は、

あっけらかんな顔であった。 現代っ子である。

その後中距離界のナンバーワンの彼女であったが、本来フルマラソン

42,195キロを、練習でさえも30キロしか走ったことがないと聞き、

大胆と言おうか、あまりのも無謀なことをするなと感じたのは、

私一人ではないと思う。

しかし、最近のモチベーションをあげる本や、送られてくるメルマガなどには、

失敗を糧として・・・・・なるものが多い。

    たしかに、失敗を恐れないことは大事なことであると思われるが、私は、

この考えや、福士さんのように30キロしか 練習しないでフルマラソンに参加

する気持ちについていけないのは、時代のせいだろうか、年なのか・・・・?。

「感動」 (満足は忘れやすいが、感動はわすれない!)                  

                  

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「オシム監督国立競技場へ・・・」

  先日、今シーズン初めてのスキー。箱館山(滋賀県

自宅から約150キロ)は、前夜からの雪で最高の

コンデションだった。

高校時代から40年間、我流のスキーも昨年は暖冬で、

一度もすべることなく連続記録がストップした。

「その歳でよく行くな!。元気やな!」といわれるが

、年は年なりのスキーで安全運転を心がけている。

70歳代で、シーズン通しのリフト乗車券を持つ元気な

人もちらほら。

私の知り合いの耳鼻咽喉科の元気なO先生

(昭和2年生まれ)も、金曜の夜から奥さんと約300

キロ?の雪道を、ご自分でラウンドクルーザーを運転し

日曜日に帰宅とのこと、上には上があるものである。

私の記憶が間違いなければ、プロスキーヤーの三浦

雄一郎氏が、今年75歳でエベレスト再登頂すると、

以前聞いたことを記憶している。元気で勇敢な人である。

元気と言えば ― オシム日本代表前監督(66)が

、昨年11月16日に急性脳梗塞(こうそく)に倒れて

以降、初めて公の場に姿を見せ、試合を観戦 ―

(1月31日 サンケイスポーより)

大型ビジョンに雄姿が浮かぶと、満場の大拍手が

わきあがった。
「ご来場の皆さん、今晩は。そしてボスニア・

ヘルツェゴビナ代表の諸君、日本へようこそ。

私は治療を続けておりますが、これまでに

ご支援を頂いた全ての皆さんに改めて感謝いたします」

のメッセージとともに、手を振るオシム前監督の姿が

映し出された。

昨年11月16日に急性脳梗塞で緊急入院。

公の場に出たのは入院前日の同15日、千葉の練習視察

以来だった。

日本協会・川淵キャプテンによると、高円宮妃殿下と

対面のときは立ち上がってあいさつ

周囲が座るようにすすめると「妃殿下の前では10

時間でも立っていないと」と笑いを誘った。
「両国代表が『南アフリカ』で再び対戦することを

期待しています」とメッセージを締めた前監督は、

意識回復に10日間を要し、生命の危機をさまよった

ことを思えば驚異的な回復ぶりだ。

                         (サンケイスポーツより)

岡田日本代表監督(天王寺高校卒)が、以前もピンチ

ヒッツターで日本代表監督を引き受けたのが、オシム

前監督が入院の日11月16日とか。

オシム前監督の前で、オシムさんの母国相手に初勝利し、

ほっとされているのでは。

オシム前監督緊急入院時の担当医師の一人であった私

の息子も、当日の国立競技場の招待券をいただき、

約1月ぶりのオシムさんと奥さんの元気そうな顔をみて

安心したとのことである。今は、元巨人軍の長嶋監督と

同じリハビリの病院で治療中とのことである。

大変ユーモアーがあり、元気な66歳のオシム監督の

精神年齢、肉体年齢は、何歳だろうか・・・・・・・?。

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「生駒の聖天さんへ初詣」  

社長のひとりごと 「生駒の聖天さんへ初詣」       

詣は、毎年1日の朝、生駒聖天さん(商売の神様)

におまいりするのが、先代社長のときからの恒例の

行事である。今年も快晴の中、専務ととものお参り

であった。

 景気が先行き不安のせいか毎年より参拝者が多かった

 ように思う。その帰りに専務が高島易断の本を買って

 くれ、家族の今年の運勢を語り合うことから我が家の

 新年がはじまる。ちなみに今年の運勢は、

 専務共々真っ白である。

 

3日に、比叡山ドライブウェイの入り口で

「初詣 世界遺産延暦寺」の看板を目にした。

 比叡山の延暦寺の国宝根本中堂(東塔)、

 西塔・釈迦堂、横川・横川中堂にもお参りした。

  www.hieizan.or.jp

比叡山は、千日回峰など過酷な行をされることでも

有名であるが、開祖の最澄をはじめ、特に鎌倉時代

には、法然、栄西、親鸞、道元、日蓮聖人等など、

教科書で学んだ多くのお坊さんの修業の場であった

ことを知り、その偉大さに感動した。

 又開宗1200年大法会が2008年3月31日まで

 行われており、歴史の重さを知った。

この静寂の中で一人たたずみ、木々の間からの木漏れ日

を見るとき、この幽玄な比叡山の荘厳さは、まさに心が

洗われるものがある。          

1200年と言えば凄いと思うが、1400年続いた

さらに凄い企業が日本にあった。

聖徳太子の建立された四天王寺(

大阪市天王寺区

)の

宮大工「㈱金剛組」で、四天王寺のすぐ西の谷町筋に

事務所を構えている。

10数年前、テレビの「なるほどザ・ワールド」で

世界一永続の企業と取り上げられた。それは39代目

の金剛利隆社長の時であった。)

私の記憶が間違いなければ、日活の映画「女棟梁」が

作られた。これは、38代目を題材にされたものと

聞いたように思う。

39代目は大正13年「ねずみ年」生まれ、当社先代

社長と丁度ひとまわり違いで、日曜日になると「飛鳥

カントリー倶楽部」の朝1番のスタートが何十年かが

続いた程仲の良かったことをよく覚えている

(当社先代は、平成10年101日没)。

 飛鳥カントリー倶楽部の私への名義書き換えに際し

 ても、保証人になっていただいた。

又、昭和46年からの約30数年間コンクリート系の

プレファブ建築(5階建)を施工する新生プレファブ

共同組合を4社で結成し、その新年会で色々な人生に

参考になる話を聞き、毎年夫婦で旅行したことが懐か

しく、いい思い出である。

このような歴史ある企業、人とお付き合いできたこと

は、大変光栄である。

 これからも人のご縁を大切にし、さらに輪を拡げて

いきたいものである。

今年は、どんな方とご縁ができるかと思うと、

      大変楽しみな年の始まりである。

(比叡山の教え

「一隅を照らす人になる」

  ひとりひとりが相手の立ち場に立って考え、

   自分のできることを精一杯行うことが、

    周りが良くなっていくことにつながる。)

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以前、当社ホームページでのコーナーで「毎日元気の出る、BLOG(日記)を送信していただく人がおられます。」と

以前、当社ホームページでのコーナーで「毎日元気の出る、BLOG(日記)

を送信していただく人がおられます。」と「有限会社 頑張れ社長」

武沢信行社長のことを紹介した。

 最近このメルマガの送信が、約30,000人近くになっている。

                 http://www.e-comon.co.jp/ 

  最近「“狂”にまつわることばの数々」と題して送信されてきた。

 「私には、特殊な才能はありません。

            ただ熱狂的な好奇心があるだけです」

 「結果というものにたどり着けるのは、偏執狂だけである」

                        (アインシュタイン)

私は自分の製作に狂熱のあることを否認はしません。

「世人は私の彫刻を『狂信者』の彫刻だといいます。

 しかしその狂熱は私にあるのではなくて、自然の中、

動勢の中にあるのです。尊い作品は自然と熱狂します。

 私としては、私の作るもの一切は真実であるだけです。

私の気質は『熱狂』していません。 気長です。

私は夢見る人ではない。数学家です。もし私の彫刻が良いなら、

それは私の彫刻が幾何学的だからです」       (ロダン)

「人間が臨終に際して、子孫に熱狂的精神を伝えることができれば、

無限の価値ある財産を残したことになる」

                 (トーマス・エジソン:アメリカの発明家)

「アイデアは一心に求めれば必ず出てくる。だが、ほとんど発狂

一歩手前というほどの忍耐力がいる。 苦痛に耐え、長時間に

わたって熱中できる能力を身につけなければならない」

   (チャーリー・チャップリン:イギリスの喜劇俳優・脚本家・監督) 

「思想を維持する精神は、狂気でなければならない」  (吉田松陰)

等など、他にも多くの言葉を並べられていたうちの一部を紹介。

名古屋が本社、昨年東京事務所も開設、全国で「非凡会」を開催され、

私も大阪で何度か講演会に参加し、 2次会でも気さくな酒の好きな

武沢社長に接することができた。最近は、台湾、上海?も進出された

この社長こそ「狂気のコンサルタント」ではなかろうか!

 いつも私のモチベーションを高めていただいているお一人である。             

  2007年も、これが最後の「ひとりごと」になる。

  建築基準法の改正(6月)で、許可機関の対応が鈍いため、

多くの事業が着工できなくて 社会問題にもなっている。

これも元はと言えば、姉歯事件が原因。

  老舗もテレビで、頭の下げっぱなしである。来年こそは、

これらが無いことを祈りつつ、新しい希望の持てる年になってほしいもである!!

 

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「大阪中央公会堂が100万円で・・・・」 07-10

我々業界の例会が、大阪市中央公会堂で

毎月<開催されている。

私が昭和46年に当社に入社したときは、すでに

公会堂で例会をしていたので40年以上公会堂を

利用していたのではと思われる。

当会は昭和27年に発足し(私が9歳、千里の

ニュータウン建設開始及び日本道路公団発足の4

年前)、平成14年に50周年の式典をロイヤル

ホテルで終えた。その後、急遽私が(何度も辞退

したが)会長職を引き受けざるを得なくなった

(父は、常に会社以外の長は引き受けるなといい

のこしたのに・・・・・

私が小学校の頃だったと思う。「中央公会堂は

株でもうけた人の寄付により建設され、その後

株の暴落で寄付された人が自殺された・・・・・

・・」と父親からきいたのか? 母親から聞いた

のか?・・・・・・。(私は父から、お爺さんが

米相場で失敗し、大変つらい思いをしたことを何度

か聞いたことがある。株や勝負事をするなら、自分

のこづかいの範囲で遊び程度でやるようにと、何度

も聞かされた。)

20071023_dscf0267_4

公会堂地下の岩本栄之助氏の案内の部屋に入る

と、その当時の金で(明治49年)100万

円の寄付あったと記されている。着工は大正

2年、完成は大正7年で岩本氏は完成を見ずに

(大正5年39歳の若さで自殺)・・・・・・。

株仲買人の岩本氏は、渋沢栄一と共にアメリカ

にわたり、アメリカの大都市の公共の事業の

立派さや慈善事業・寄付の習慣、奉仕する姿を

見て感動したと・・・。少尉として戦争にも参戦

し・    ・・等の資料をみて、ひと時の間であるが

大正時代のムードに浸ることができた。

日本有数の公会堂建築で、日本の近代史上重要な

ものとして平成14年重要文化財に指定される。

平成11年3月から14年9月まで保存・再生の

工事が行われ、リニューアルオープン。耐震補強

やバリアーフリー化がなされている。

 我々の例会に、親子三代に亘り参加する会員も少

なくない大変縁の深い公会堂である。

又、中ノ島には、環境、その時代にマッチした建物

が多く点在する。大阪府立中ノ島図書館、大阪市の

庁舎、日本銀行・・・・・・・・・。

 最近薬害問題で、舛添大臣が被害者に「積極的に

調査、被害者に対し救済措置を考慮する。」と発表

され、大きく報道された。

昨年6月の例会日に、きしくも桜井よしこさんが

薬害問題(C型肝炎)の講演を当公会堂でされた。

20050617_dscf0002jp_3

丁度成田以来一年ぶりに再会し、講演を聴き、

写真を直接手渡すことができた。

そのほか個人的にも、色々と思い出のある中央

公会堂である・・・・・・・。

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過去と他人は変えられないが・・・・

「社長と幹部と社員のカン違い」から目を覚ませ!!というメールが送られてくる。

(このマガジンを読まれて「いいな!」と思われたら方、宜しければお知り合いの

方々にも是非おすすめ下さい。―とかかれている。大変大きな心の度量の持ち主

の社長である。

本年3月のー社長のひとりごと「“決定”で儲かる会社を作りなさい」

著小山昇氏―で掲載した社長からのメールである。)

今回のテーマは【過去】 

 「過去と他人は変えられない。変えられるのは、未来と自分」
過去のいろいろな失敗の体験は財産です。 私はいままで形のないものに

お金をかけることに、エネルギーを費やしてきました。失敗も数え切れないほど

たくさんしました。しかし、今となっては、そのたくさんの失敗も私の財産です。
 物事がいまうまく行っていても、先々うまく行かなくなることもあるし、

いまうまく行っていなくても、トンネルの先には必ず光が見えてきます。
 私も仕事がうまく行っていない時には、このままずぅっと真っ暗闇のトンネルから

抜け出せないのかと思ったことが何度もありますが、必ずトンネルから抜ける、

光は差すと信じていました。 世間の人は、どうも私には悩みがないと思っている

ようです。
 よく「小山さん、悩みなんかあるんですか?」などと言われます。 

私だって普通の人間ですから、悩みはあるに決まっています。 もしかしたら私は

「普通じゃない」と思われているのでしょうか? 念のためここに記しておきます

が、私も普通の人間で、ちゃんと悩みもありますので安心して?!下さい。
 仕事ができる人の心得  P.35 No.0202 【過去】

  すべて善です。時間が短く感じる時は、仕事がうまくいっている時。
  逆に長く感じる時は、うまくいっていない時です。

  参考;書籍「仕事ができる人の心得」 

 「仕事ができる人の心得」の解説  

いままで自分の人生でやってきたいろいろなことは、(その年数に関係なく)

すべて善です。どんなこともすべて、