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「安比高原スキー場」 2020-5

  昨年末、お世話になっている㈱小松建築事務所・小松俊雄先生から、安比高原スキー場(岩手県・当時スキーファンを魅了したトニーザイラーが設計)へのお誘いを受けた。以前、先生の知人が「安比は雄大なので、これで、海外まで行かなくても良くなった。」と言われたと聞いたことがある。 

  昨シーズンは、朝の食事で台湾からの団体客と顔を合わせたが、今年は、新コロナウイルスの為であろうか、みかけなかった?。

  しかし、雪のないタイから約150名参加のスキー競技大会が開催されており、10日間ほど滞在とのことであった。偶然、エレベーターに同乗した男性が、タイの国旗を腕にあしらっていたので、両手を合わせ「コップン・カ(こんにちわ)」と言うと、「ユウ、タイランド」と英語で話し掛けてきた。私は、「NO, JAPAN」と笑顔で答えた。
暫しの間、片言英語で話し合った。 
   リフト、ゴンドラや宿泊ホテルで多くの隣り合う外国人と片言英語で話すのも楽しいものである。

   大浴場(温泉)の浴槽で、50代のオーストラリアの方に「ケアンズの海が素晴らしかった。」と片言英語で話すと、彼はケアンズ生まれで、多くの日本人商社マンがいると説明してくれた。脱衣所では、なんと隣の駕籠を彼が使用され、又ここでも会話が弾んだ。    

  片言英語の通じる2泊3日、積雪200cmのパウダスノーを味わった。

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   この安比高原スキー場は、㈱リクルートと地元自治体の第3セクター(当時流行)で運営されて約35年になるが、最近、残念なことに外国人経営者になったと聞いている。

   20数年前、朝食時にリクルートの江副(えぞえ)浩正・創業者、社長が隣のテーブルでミーティングを、夕食のレストランでは、宝塚歌劇の元トップスター・鳳蘭さんが子供連れでこられていた。
  阪神淡路大震災の年には、エレベーターでスーパー・ダイエーの中内会長と一緒になるやら・・・。 

  今回のスキーは、2月28日(金)開催の人間国宝・柳家小三治さん(80歳)の落語会「どこからお話ししましょうか」に合わせてのスキー旅行であった。午後8時から一門の落語が始まり(一人約15分)、8時30分ごろからであろうか、いよいよ師匠の登場。この落語会が20数年続いてきたこと、自分のオートバイでツーリングなど趣味の事、最近怪我によりスキーが出来ないことなど話され、10時頃になると袖から「もう10時ですよ。」と声がかかると、我々に「今日は、落語やるんですよ。」との言葉に、会場から笑いが起こる。そしていつの間にか落語が始まった。
まさに「どこからお話ししましょうか」を地で行くすばらしい落語会であった。

  小松先生は、奥さんがお世話になっておられるお医者さん・高見元敞氏と同伴された。
   高見氏(元・市立豊中病院長)は、市立豊中病院が岡上の町から柴原町への移転(1997年11月3日)に尽力された当時の病院長で、その新しい施設が大いに評価され病院建築賞を受賞された。先生は、消化器系のがん治療が専門、阪大の大学院卆とのことであった。
   私の高校同期で友人の大橋秀一・健保連大阪中央病院長(本年3月退職、平成9年大阪大学医学部・内視鏡外科学講座教授)や、宮原秀夫・元阪大総長の話をすると、「あなたは、高津高校ですか?」と聞かれたので「そうです。」答えた。なんと、高見氏は高校の7年先輩であることが分かった。

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            市立豊中病院                   杉田ビル新築工事
    設計・㈱伊藤喜三郎建築研究所           設計・㈱小松建築事務所
    施工・竹中・鴻池特定建設工事共同        施工・当社 

  今回も小松先生のおかげで、偶然の先輩との出会い、外国人との片言英語の出会い、またまた良いご縁が出来た。

                                     2020-5-1
                                   Y.YOSHIHARA

 本日、大橋秀一・健保連大阪中央病院長(3月退任)と会い、高見先生とのことをお伝えし、20年間の病院長生活の労をねぎらった。、

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今月のひとこと「いくつになっても夢は叶う」

「人間は年を取るほど できない理由を並べます。 

 しかし、最後の最後まで 諦めなければ 

 いくつになっても夢は叶う 」

三浦雄一郎(冒険家・プロスキーヤー、獣医師)
1932年10月12日生まれ(満87歳)

1962年、トニーザイラーらオリンピック元メダリストらが名を連ねる世界プロスキー選手権で8
1985年 54歳で南アメリカ大陸最高峰アコンカグアの滑降、世界七大陸最高峰全峰からの滑降に成功。
2008年526日 75歳でエベレストに再登頂。
           (私も75歳で富士山に再登頂、54年ぶりに)
2013523日 80歳で3度目のエベレスト登頂に成功。

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