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「いよいよ富士山頂・3.776mに挑戦!!」2018-9

「いよいよ富士山頂・3.776mに挑戦!!」

それは、54年前(1964年、昭和39年)の東京オリンピックの年に遡る。

(8月15日 元ゼロ戦パイロットが、熟練の操縦技術でヘリコプターを操り、620kgに及ぶ巨大レーダーを山頂に設置)


  富士山頂の気象レーダー基地建設(台風の予知)に実習生として参加したあの思い出の地に、もう一度行きたいとの思いが、5年ほど前から強くなり・・・。

     
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ブルで富士山頂へ 積載オーバー?のドームの骨組みをセットされる光景

(写真提供―実習生のメンバー・生貝貢さんより)


  何年か前から、朝のテレビ体操(6時25分)後に約30分の散歩をし、朝食後に出社。散歩だけでは、心肺能力を高められないとのことなので、昨年から金剛山(標高
1125m)、日本百名山・伊吹山(標高1377m)にも挑戦し、本年も「富士山登り隊」登山キャンペーンなども研究し・・・今年いよいよ挑戦である。

7月31日早朝、新幹線「のぞみ」で品川に向った。ガイドの宮澤浩二氏の案内で、新宿から予約していただいたバスで富士吉田5合目登山口(標高2305m)に到着したのは、午後2時であった。


 高山病予防の為に少し休憩をとり、7合目(標高
2790m)の「鎌岩館」に向った。6合目くらいまでは、なだらかな樹林地帯であったが、6合目位になるといよいよ富士山に登るムードのジグザグ登山道である。

約3時間半、7合目「鎌岩館」に着いたのは、午後5時半頃であった。その日は、個室を予約できていたので、気兼ねなく寝る事ができた。
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「鎌岩館」前ご来光 岩だらけの登山道 月と太子館


  あくる日(8月1日)は、「鎌岩館」前でご来光を拝み、6時からいよいよ山頂へ。

登頂後の2泊目の「太子館」は、8合目(標高3100m)にある。

ザックに最小限の物を詰めて、残りの荷物を「太子館」に預け、家内を残してガイドさんと山頂を目指す。

厳しい、岩の上や間を時には這いつくばりながら歩を進める。息づかいが激しくなり、何度も苦しみながら「もう一歩、もう一歩」と口ずさみながら・・・。時折、休憩を交え、携帯用酸素ボンベで、吸引しながら・・・。


やはり、家内を「太子館」で待機させてよかった・・・。



  もし、今回登頂できなければ、また来年再挑戦となると、あの激しい?トレーニングが・・・との思いが交錯する。「その為にも、頑張るぞ」と言い聞かせながら・・・。

9合目(標高3600m)を通過し、頂上の久須志神社へ・・・。


  午前11時30分登頂。「ヤッター!!」

登頂の場所から、少し歩くと火口全体が見え、真正面になんと丁度54年前の7月に登頂したあの気象レーダー基地のある“剣ケ峰”が現れたではないか。


「嗚呼、やっと自力で登れたー!」
非常に感慨深いものがあり、胸にぐっとくるものがあった。その時、気温は10度であった。

元・気象レーダー(ドーム)基地のある“剣ケ峰”迄は約45分、火口の一周は(約3km)約90分かかるとのことである。

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お鉢巡りの看板前で  火口から測候所を望む
                    (元・気象レーダー基地)

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現在「富士山特別地域気象観測所」 剣ヶ峰・3776
 旧「富士山測候所」

最近は、職員の方が常駐されていないと聞いていたが、偶然にも3人の気象庁の方とお会いでき、54年前の写真を見ていただき、話を・・・。当時荷揚げの起点地であった「太郎坊の小屋が、今もある。」と写真を見せていただいた。「私は、生まれていませんでした。」との言葉も・・・。又、思い出が一つ、出会いがあった。

 午後1時頃、下山開始。8合目の「太子館」に向う。案内には、約2時間かかると書かれているから、2時間半くらいで到着するであろう.

 無事到着、「太子館」に残した家内と約9時間ぶりの再会であった。

ここは、個室がなく、禁酒とのことなので、お互いのいびきや、雑魚寝?で寝むれないのではと覚悟していた。しかし、最近新築されて半個室化され、「トイレに行く人に、足を踏まれた。」「寝返りが打てなかった。」等の話を聞いたことがあるが、噂よりかなり緩和されていた。


  8月2日、昨日に続き2度目のご来光を拝み、午前6時に富士吉田五合目登山口のバス停に向けて出発した。


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太子館前で 山中湖に映る?ご来光 堅固な落石止め


  出発前に整骨院の平沼院長さんから「学生時代と違って心肺能力はオトっているから、大変だよ。」と言葉をいただいた。

当時学生時代は、基地建設に実習生として参加したので、9合?目までは、ブルトーザーにのせていただいたので、今回が初めての自力登頂であった


最終日の八月二日、今回アドバイスいただいた平沼院長さんに「登頂成功」のメールを送付すると、「無事登頂おめでとうございます。先輩の快挙で私も、元気が出てきました!」との返信メールをいただいた。


 十月二日は満75歳の誕生日、本年結婚50周年の節目の年に、いい思い出、出会いができた。
                                    
 2018-9-1
                                                          
YYOSHIHARA


PS-
 ツアーでは、メンバーの方に迷惑をかけてはいけないので、個人でガイドさんをお願いしようと計画。山小屋「鎌岩館」は個室があるので2泊お願いしたが、下山途中の2泊目は8合目が良いのではとのアドバイスをいただいた。

あとは、ガイドさんと、バスの予約である。馴染みの寿司店「賛志郎」さんから、富士山に詳しい宮澤浩二氏にタイミングが合えばとのことで紹介いただいた。

  皆さんのおかげで、ここまで来られた。お世話になった皆さん本当にありがとうございました。今回もいろんな方に出会い、ご縁ができたことに感謝、感謝である。

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今月のことば  「プロジェクトX ~挑戦者たち~」

「男は一生に一度で良いから、

  子孫に自慢できるような仕事をすべきである。」
 

 

 NHK総合テレビのドキュメンタリー番組)
 「プロジェクトX ~挑戦者たち~」12000.3.28
「富士山頂」 巨大台風から日本を守れ 
 ~富士山頂・男たちは命をかけた~  

台風を予知する、山頂に建設された世界最大のレーダー。

標高3.776メートル、史上例のない高地での大規模土木工事。
乱気流が渦巻く世界有数の危険空域・富士山頂への巨大レーダー空輸・・・。
最終回 第1872005.12.28 (特番4回) 

主題歌「地上の星」中島みゆき
司会―国井雅比古、久保純子、膳場貴子の各アナウンサー
気象庁の官民プロジェクトであった 

(国際ロータリー第2660地区・大阪で、「プロジェクトX ~挑戦者たち~」のプロデュ―サー・今井彰氏の講演より。)


(石原裕次郎主演「富士山頂」日活映画化)

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 富士山レーダー歴史 

昭和7年 (1932年)中央気象台臨時富士山頂観測所が開設。
昭和11年(1936年)常設の測候所富士山頂気象観測所として剣ヶ峯に移設。
昭和39年(1964年)富士山レーダーを設置。

                 (東京オリンピッツク開催)
昭和40年(1965年)レーダーの正式に運用開始。
昭和41年(1966年)台風26号 最大瞬間風速の日本記録の91.0m/sを観測。
平成11年(1999年)レーダー観測廃止。(人工衛星に変わる)
平成16年(2004年)測候所無人化。
 
富士吉田市立富士山レーダードーム館[科学館]として移設。

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