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「人生100年時代」五木寛之氏 2018-3

  年末の毎日新聞・夕刊に「五木寛之に聞く」の見出しが。「百歳人生を生きるヒント」(日経プレミアムシリーズ)を刊行された作家・五木寛之(85歳)氏へのインタビューの模様が掲載されていた。

(バブル崩壊後の危機の中で書かれた「生きるヒント」はミリオンセラ―を記録する。)

100歳人生を生きるヒントは

90代 無尽蔵の記憶に遊ぶ(体は不自由でも、培った妄想力で時空を超えて楽しむ)

80代 しがらみを捨て自由に(周囲に迎合せず、悠然と生きる)

70代 下り途中の丘を楽しむ(活力の補充)

60代 生活をリセットする

50代 下山の人生歩む覚悟を

「いくつになっても唇に歌を」百歳人生に欠かせない友として歌があると締めくくられた。

私の五木氏の思い出は、初めの頃「歌手・五木ひろしが本を発行したのか?」のところから始まる。

五木氏の印象的で初めて買った本が「大河の一滴」である。(平成14年4月15日発行から5日目に購読、51日には第7 刷発行の売れ行きだった。)

目次―人はみな大河の一滴、

  滄浪の水が濁るとき、

  反常識のすすめ、

  ラジオ深夜一夜物語、

  応仁の乱からのメッセージ

(本文より抜粋)

*私はこれまで二度、自殺を考えたことがある。最初は中学2年生の時で、二度目は作家として働きはじめたあと・・・。人間の一生とは本来、苦しみの連続なのではあるまいか。人は生きていくなかで耐え難い苦しみや、思いがけない不幸に見舞われることがしばしばあるものだ。それは避けようがない。憲法で幸福に暮らす権利と健康な生活をうたっているのに、なぜ? と腹を立てたところで仕方がない。いまこそ私たちは、究極のマイナス思考から出発すべきでないか。まず、これまでの人生観を根底からひっくり返し、「人が生きるということは苦しみの連続なのだ」と覚悟するところから出直す必要がある。私は、そう思うことで「こころの萎え」た日々からかろうじて立ち直ってきた。

*癌細胞は放射能や抗癌剤で叩かれ、いじめられて生き残ったものほど強くなる。

*私たちの生は、大河の流れの一滴に過ぎない。大河の水は、時には澄み、時には濁る。濁りに怒ったり嘆いたりして日を送るのは・・・少しでもできる事をするしかないのではないか。


*もし、親鸞が生きていたとしたら・・・

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「大河の一滴」                「親鸞」

「親鸞」講談社創業100周年企画―累計100万部突破(期しくも母の命日に買う)

仏の教えとは、お釈迦様の教え・・・人はみな平等・・・阿弥陀仏はこの世の人々をみな平等にすくう・・・。

自らの計らいどおりに物事はすすまない、・・・あのかたがたが少しも動じておられなかったのは、他力の計らいに身をませお覚悟が定まっていたからでしょう。

 

「親鸞・激動編」

中期親鸞を描く 幼児のころから30代にいたる放浪、勉学の時代、流刑者として越後に送られ、やがて関東で家族とともに暮らした時代、京都へ戻り60代から享年90までの生涯の大まかに3つの時期にわけられる。

・・・そのとき親鸞は、人に語ることは、自分に問いかけることなのだ、と、はっきり感じた。人に語ることは、教えることでない。それは、人にたずねることなのだ・・・・・。

私は70歳半ばであるが、五木氏の言われる70~80代(下り途中の丘を楽しむ~しがらみを捨て自由に)を進行中である。
                           
2018-3
                                          
Y.YOSHIHARA

当ブログに掲載の健康・人生・・・

2006-1「男の夢の見つけ方・・・・・」“75歳で世界最高峰のエベレスと登頂に挑む!”

2011-1「五木寛之著“親鸞”毎日出版文化賞に!」

2011-4「100歳までボケない101の方法」白澤卓二著

2011-8「健康管理も仕事のうち」松下幸之助氏

2013-2「健康とスポーツ」 “三浦雄一郎氏が3度目のエベレストに挑戦”

2013-1「医療の進歩とそれを取り巻く環境」

2017-1「人生を3倍に生きる~成功する目標設定~」万代恒雄著 

2017-4「心筋梗塞・脳卒中の予防と最新治療」大阪府立成人病センター 名誉総長・掘正二(阪大名誉教授)

日野原重明・聖路加病院医院長

90歳の時に「10年先まで講演予定がある。」2017年逝去(105歳?)

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今月のことば S君の「別れのことば」

「素晴らしい友人・知人・かけがえのない家族に恵まれ、一度きりの人生を、実に豊かに過ごすことが出来ました。・・・・・」生前にハガキに書かれた別れのことば。

中学、高校の同窓で、あの穏やかな明るくいつも笑顔のS君が、最後までその気持ちを捨てずに頑張ったのかと思うと目に涙が。

思い出の多いS君。

遅かれ、早かれその道を行くのですが、それにしても少し早すぎるのでは・・・。

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PS-当ブログ2013-6「琵琶湖周航の歌」に、S君からコメントをいただいた。

「戦後、長くシベリヤに抑留されていた父親が・・・・・」

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