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「織田作之助没後70周年」 2017-3

「初回はオダサク~高津ゆかりの人物講座」と毎日新聞・朝刊の見出しに掲載されていた。

2018年に創立100周年を迎える高津高校(大阪市天王寺区)ゆかりの人物をテーマに開催する連続公開講座「高津の群像」が、8日スタートする。初回は小説「夫婦善哉(めおとぜんざい)」などで知られる織田作之助(191347)を取り上げる。

1月で没後70年となる織田は1931年、高津高校の前身、旧制高津中学を卒業。33歳で早世するまで、生まれ育った上町かいわいなど大阪を舞台にした作品を数多く書いた。

公開講座では同校出身の稲本健二・同志社大教授が「織田作之助を生んだ高津の風土と私」と題して講演。第2部の懇親会では森繁久弥、淡島千景出演の映画「夫婦善哉」(55年)などについて意見交換する。

(毎日新聞より)

稲本健二教授の尊父が織田作之助のファンであったことから、ご自身も興味を持たれたこと、また学生生活(高津高校、大阪外大)をオダサクゆかりの大阪・天王寺区で過ごしたと語られた。

稲本氏は「ドンキ・ホーテ」「ドン・キホーテ」どちらが正しいでしょうかと質問された。あの店舗「ドン・キホーテ」の写真を映し出し、ドンは貴族の称号なので、「ドン・キホーテ」が正解と語られた。                          

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稲本健二教授  ドン・キホーテ  ユーモア小説

                                「所長の面會日」

オダサクのラジオドラマ「夢想判官」は、スペインの作家・セルバンデスの小説「ドン・キホーテ」の翻案であった。その小説は、ミュージカル作品「ラ・マンチャの男」として上演される。

そして、「十五夜物語」として“「関ケ原の戦い」後の落ち武者が、地方を歩き渡る物語”として創作された。

また、片上伸氏の訳「工夫に富める紳士」にちなみ、オダサクのことを「野田村(大阪・堺市北野田)の“工夫に富める紳士”」と評されたとも話された。

また、高津高校のモットー「自由と創造」オダサクについては、

ご自分の経験談として、理科の授業は実験ばかり、漢文の初めての時間は「質問ありませんか?」との先生の言葉に誰も質問をなかったので「それでは、みなさんがよく理解できているようですから、今日の授業はおしまいです。」と言われて教室を後にされたことを話された。はじめはわからなかったが、時間がたつにつれて「予習をしっかりとしなさい。」との意が理解できた・・・。

 私も,入学して初めての社会の時間にS先生から「車はなぜ動くか」と質問され、順番に指名された。生徒から「ハンドルが」「エンジンが」「ガソリンが」「・・・・」と意見が出たが、「違います。目的があるからです。みなさんお先輩は、頑張っています・・・。」との答えが先生より帰ってきたのは、今から59年前の4月であった。)

オダサクノのユーモア―小説「所長の面會日」は、ドン・キホーテ(後編)に似ている。他に翻訳がないので原典を読んでいたのであろう、そして英語がよくできたそうであるとも語られた。

オダサクの高い英語力と高津高校の英語教育についても話された。

( 理科系の私は、数学、理科は好きであったが英語が苦手だったので、いまだに後悔している。そういえば、私の恩師の英語、数学の先生が、その後阪大で講師をされたことを聞いたことがある。)

近々「織田作之助とドン・キホーテ」として、最近の研究をまとめる予定と語られた。

 

2017年はオダサク没後70周年、高津高校百周年(2018年)準備の年である。

今後は、今も現役で活動されている関西ジャズ協会会長・大塚善章先輩、元阪大総長・宮原秀夫(グランフロン大阪・ナレッジキャピタル代表理事、高校同期)氏、阪大教授・審良静男(IFReC拠点長、免疫学)氏などの方々を予定されているとのことである。

午前中は、うめきた・グランロント大阪・南館で開催されている「極寒地・南極建築展」を見学し、午後は母校の講演会に参加した。

その日は朝から雨が降り、会場を後にしたころは辺りが暗くなり、そぼ降る雨の中、母校を後にした。

 2017-3-1

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「ドン・キホーテ」

下級貴族の主人公(ドン・キホーテ)が、騎士道物語を読みすぎて妄想に陥り、自ら伝説の騎士と思い込み、痩せこけた馬に乗り、サンチョ・パンサを引き連れて遍歴の旅に出かける物語である。前篇(1605年)、後篇(1615年)出版される。

稲本健二教授

同志社大学グローバル地域文化学部 

高津高校26期 1974年卆

大坂外国語大学卆(スペイン古典文学専攻)

論文「大阪空襲と織田作之助」(関西大学日本近現代史研究会)

高津高校ゆかりの人物を毎回取り上げる連続講座「高津の群像第1回は「織田作之助」

1931年(大正2年)10月26日生 1931年卒業(中学9期)

出世作「夫婦善哉」長編「青春の逆説」評論「西鶴新論」伝記「五代友厚」ラジオ脚本「猿飛佐助」等矢継ぎ早に作品を発表した。33歳の若さで東京で客死するまで、生まれ育った上町、夕陽丘、生國玉神社などを舞台に、大阪に愛情をもって描いた。

織田作之助に関する当ブログ「会長のひとりごと」掲載

「作家・織田作之助生誕100年」 2013-3

**劇「ザ・オダサク」    2013-7

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 同窓会館写真 法善寺「夫婦善哉」カレーの「自由軒」

石浜紅子氏から、ご尊父の作家・作詞家である石浜恒夫氏は、堺市北野田の石浜氏宅に織田作之助氏がよく遊びにこられていた関係で、織田氏にあこがれてその道に進まれたことや、川端康成氏の文学ノーベル賞受賞式に同行されたこなどを聞いたことを思い出した。

「石浜恒夫氏と石浜紅子さん」2010-3月号に掲載

        2010_0211_131714
         石浜紅子氏(中央)と


第33回織田作之助賞 「ジニのパズル」崔実(チェシル)さん(31)に”の記事が、1月10日(オダサク逝去の日)の毎日新聞朝刊に掲載された。

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今月のひとこと「本気になると・・・」坂村真民

「本気になると 世界が変わってくる

 自分が変わってくる

 変わってこなかったら 

 まだ本気になっていない証拠だ

 本気の恋 本気な仕事

 ああ 人間は一度

 こいつを つかまんことには」

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