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“関西の力「金剛組~伝統の力」” 2016-12 

“関西 の力「金剛組~伝統の力」”と産経新聞夕刊トップに上段半分の紙面を割き、11月9日から4日間連載された。折しもトランプ氏の大統領選挙勝利直後で、横にクリントン候補の写真や、トランプ氏とオバマ大統領と会談の写真が同列に扱われている。

1-世界最古の企業 2-初の女棟梁 3-倒産の危機 4-次世代育成と4日間に渡り掲載された。)

(産経新聞より)
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1-世界最古の企業“聖徳太子ゆかりの匠集団” 
             11月9日夕刊

金剛組は、飛鳥時代(西暦578年)聖徳太子建立とされる四天王寺建築のために設立。社寺専門建築会社(大阪市天王寺区)。1400年余り多くの試練を乗り越えてきた。
「社寺の“命”を守る」宮大工(約120名)の集団。

四天王寺が戦乱、天災などに襲われるたびに立て替え、改修を担う。
各地の社寺建築、江戸城、大阪城、住吉大社などの復元、修理を手掛ける。
釘など使わずに、ゆとりを持たせ、地震などの揺れを小さく抑える匠の技を受け継いでいる。

2-初の女棟梁(38代目当主・金剛よしゑ 
         1894~
1975
年)10日夕刊

37代目である御主人が、昭和7年の金融恐慌による経営

難。

先祖の墓前で命を絶たれ、後を継いで初の女棟梁に

昭和9年、台風で倒壊の四天王寺五重塔再建で采配。

聖徳太子が、百済から金剛重光(初代当主)を招き、

天王の建立を任せた。 

織田信長と石山本願寺勢との争い、大坂冬の陣、室戸台風等、五重塔は戦乱天災に巻き込まれては焼失,倒壊し、その度に再建工事を担ってきた。

江戸時代には、“正大工職”の功績を認められ異例の苗字帯刀を許された。 

  南谷恵敬・四天王寺執事長「何度も立ち直った五重の塔の歴史中で、金剛組はなくてはならない存在だった。

  5年がかりで再建し、昭和15年完成したが、20年3月の襲で境内の南半分が火の海となり、またしても焼失。

  その後コンクリート工法 を学び、金堂の再建。

 昭和30年に株式会社へ。

  曽根秀一・静岡文化芸術大学専任講師「四天王寺と金剛組の年以上も続く関係は、社寺建築業界の歴史で貴重例だ。切っても切り離せない絆の象徴が今も残っている。」毎年1月11日「手斧(ちょんな)始め式」金堂で古式の装で大工仕事を模した作法を行い、その年の工事の安全を祈

3-倒産の危機 11日夕刊

  地価と建設需要が急上昇したバブル期、マンションやオフィスビルなどの建設に手をひろげる。

  バブル崩壊後、経営は悪化の一途をたどり、民事再生手続きの申請準備するまでに追い込まれた。

  「伝統は一度壊れたら二度と戻せない。金剛組をつぶすのは, 大阪の同業者として恥や」と高松建設は、金剛組を傘下に。

    2006年小川完二・高松建設副社長が社長に。

   現相談役・植松襄一氏は「歴史が壊されるかもしれない、という警戒心が社内にあった。」と語る。

  「よい素材で、よいものをつくる。」ことを重視するあまり、利益を後回しにされてきた。小川社長は「本業回帰」、資材購入の見直し、コスト管理、社員に業績や受注状況の情報をオープンにし、意見交換の場を設けた。

    経営不振のトンネルを脱した今、小川氏は「金剛組を通の会社にすることが最大の使命だった。特別な戦略をとったわけではない。」と振り返る。 

4-次世代育成 「技は、見て盗む 1400年の系譜」
                 12日夕刊

   宮大工の世界では「仕事は教えてもらうのでなく、見て盗むもの」「仕事にはいったら、若手もベテランも同じ土俵に立つということ。」現場で切磋琢磨し「自分の携わる仕事は芸術作品と誇りを持てる宮大工なる。」ことを若手に期待。

   事業環境は厳しさを増しているが、現状に悲観することなく、四天王寺をはじめとする顧客の信頼を裏切らなければ歴史が途絶えることはないと刀根健社長は語る。

     当主の突然の死、倒産の危機など数多くの苦難を乗り越えてきた「現存する世界最古の企業」金剛組。

   「社寺建築を通して日本の信仰文化の発展にお役に立てる唯一無二の企業にしたい。」と刀根社長は話す。

(以上、産経新聞より)

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金剛利隆氏著書「創業1400年」
     
2013年10月31日発行)

 株式会社金剛組さんと当社の関わりは、昭和40年頃にコンクリ―ト系のプレファブ住宅(5階建)の施工会社・新生プレフ協業組合(4社)設立に始まった。それから約40年近く経ち、その需要がなくなり解散した経緯がある。

相談役・第39世・四天王寺正大工職・金剛利隆氏と、当時の社長であった私の父とは同じネズミ年生まれでウマが合い、公私共のお付き合いとなった。(「ヨウサン」「コンちゃん」と呼び合い、ゴルフ、カラオケ・・・)

そのおかげで、毎年1月11日の「手斧(ちょんな)始め式」にも何度か案内いただいたり、晩年には、金剛さんと私共の毎年恒例の夫婦旅行の思い出が懐かしい。その際の光子夫人の金剛さんに接する姿を見て、「奥さんを手本にしていきたい。」と家内は語った。

39代金剛利隆氏が、201310月に逝去され、四天王寺で葬儀が執り行われた。(その模様は、2013年12月号当ブログに掲載)

納骨後、四天王寺境内にある先祖代々の墓に案内いただき、家内が四天王寺さんにお参りの折には、必ずお墓に参らせていただいている。

今年も後1ヶ月、慌ただしい年の瀬ももうすぐ、そして新年を迎える。

元旦に孫誕生、3月には創業80周年、設立70年、社長(三代目)の息子が入社等、おかげさまで、いい年を越せそうである。

又、来年も新たな出会いとご縁ができる事を願うばかりである。

 2016-12-1

         Y.YOSHIHARA

㈱金剛組に関する過去に掲載のブログ

2015年9月号「隠岐国分寺と金剛組」

2013年12月号「㈱金剛組相談役・金剛利隆氏逝去」

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今月のひとこと「人間の一生」 

「永遠につづく 喜びもないかわりに 

永遠につづく 悲しみもない 

色んな感情が 生まれては消え 

        生まれては消え 

人生はつづいていく」

              知人から頂いた色紙より

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