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「迎賓館 赤坂離宮」一般公開始まる 2016-6

  テレビ「そこまで言って委員会」(大阪・よみうりテレビ、日曜)で、迎賓舘・赤坂離宮が4月から一般公開と話題に上る。

57年前であろうか、修学旅行で車窓から眺めたあのヨーロッパ調の門構えの強烈な印象は、今も鮮明に残っている。

 
  早速、インターネットで「迎賓館」を検索し、赤坂離宮一般公開のページにたどり着いたが、4月の予約分はすでに終了し、当日券(1000名)の見学を選ばざるを得なかった。


  毎年夏の10日間に限り一般公開されて来たが、本年4月19日より通年公開されるとのことである。公開5日目の23日(土)の午後、本館入場の当日券は、すでに締め切られていた。正門でセキュリチィー検査を受け、芝生が敷き詰められた庭園を左右に見ながら、本館に歩を進めた。(本館前までの庭園は制限なく一般公開)


  正門から約数百メーター先の本館までは、石畳みが敷き詰められ、車寄せ迄歩いて金色の装飾であしらわれた玄関ドア―の前に立った。

閉じられたガラスドアーから中を覗いてみたが、中の様子はうかがい知れなかった。

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赤坂郵便局発行ファイルより  正面玄関ドア―

 
  明日の日曜日は、孫のお宮参りなので、月曜日の当日券に期待を寄せて赤坂離宮を後にし、JR四谷駅に向った。

(丁度駅前では上智大学の校舎を目にし、昨年7月にアンコールワット国際遺跡調査団団長・石澤良昭元学長とお会いしたことを思い出した。)


  月曜日の10時頃に当日券の受付の場所に着いたが、もうすでに午前の当日券は締め切られ、午後1時からの整理券を受け取った。

3時間もの待ち時間があるので、学習院初等科の校舎前を通り、JR四谷駅前の上智大学のあたりを散策したのち、ホテル・ニューオータニに向い、ホテルで12年ぶりに食事をした。

(2004年6月に業界の創立40周年式典が開催された折に、大阪の業界の会長として参加、来賓・安倍幹事長の挨拶や石原伸晃国交大臣、佐藤茂樹副国交大臣を迎えて挙行された。)

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 当時・安倍幹事長挨拶 「迎賓舘赤坂離宮の変遷」   

                        の看板(前庭)


   
迎賓館はホテルから歩いて10分位の所に位置する。

見学30分前にホテルを出て東宮御所前を右に曲がり受付に着くと、すでに100名近くの方が並び、荷物検査を受けられていた。

セキュリティー検査を受け、自動販売機で入場券を買い、西の入り口からいよいよ本館入りである。廊下を東に進み2階の迎賓の間に向った。


(見学パンフレットより)

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彩鸞(さいらん)の間  花鳥の間 2階大ホール

                                            (中央階段から正面玄関を臨む)

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 朝日の間   羽衣の間   南面外観(裏正面) 

 

彩鸞の間 左右の大きな鏡の上と、ねずみ色の大理石で作られた暖炉の両脇に「(さいらん)」と呼ばれる架空の鳥をデザインした金色の浮き彫りに由来。白い天井と壁は金箔が施された石膏の浮彫で装飾され、10枚の鏡が部屋を広く見せている。

花鳥の間 天井に描かれた38枚の絵や、欄間に張られたコブラン織風綴織、壁面に飾られた30枚の楕円形の七宝に、花や鳥が描かれていることに由来。周囲の腰壁は茶褐色のシオジ材で板張りしてあり、壁の中段を七宝である。下絵は。日本画家の渡辺省亭、七宝焼の天才。清川惣助が焼いたもの。

中央階段・2階大ホール 床は、イタリア産大理石、その上に赤い絨毯敷き詰められている。階段左右の壁面には、フランス産の大理石が鏡張り。階段を上がった2階大ホール正面左右の壁面には2枚の大油絵(小磯良平画伯作)。天井の油絵は「第七天国」と名が付けられている。(東京芸大・寺田春弐教授が昭和49年」改修時に描く)

朝日の間 天井に描かれた「朝日を背にして女神が香車を走らせている姿」の絵に由来。周囲の16本の円柱はノルウェー産の大理石。壁には、京都西陣織の金華山織の美術織物が張られ、床には、紫色を基調とした47種類の糸を使い分けて桜花を織りだした緞通が敷かれている。

羽衣の間 謡曲の「羽衣」の景趣を描いた3002の曲面画法による大壁画、天井に描かれていることに由来。3基のシャンデリアは当館で最も豪華なもので、およそ7000個もの部品で組み立てられ、高さ約3メートル、重さ約800kg、壁は楽器、楽譜などをあしらった石膏の浮彫で飾られている。正面の中2階はオーケストラ・ボックスがあり、舞踏会場として設計されたことが偲ばれる。


 
各室内の天井高さは、約9メーターもあり、いずれの部屋にも豪華で大きなシャンデリアが吊り下げられていたことや、大変豪華な部屋の造りに、さすが迎賓館であると再認識した。


   次回は、さらに厳しい人数の予約者のみが見学できる和風別館「遊心亭」をぜひ観たいものである。

 
2016-6-1

         Y.YOSHIHARA


主な見学した部屋(赤坂離宮パンフレットより)

彩鸞の間―最初に案内される控えの間、晩餐会の招待客が国や公賓に謁見、条約・協定の調印式、国・公賓とのTレ微・インタビューなどに使用

花鳥の間―国・公賓主催の公式晩餐会が催される大食堂(最大約130席)

朝日の間―国・公賓用のサロン、表敬訪問、首脳会談などに使用

羽衣の間―雨天の際の歓迎行事、レセプションや会議場、晩餐会の食前酒や食後酒に使用


迎賓館設立の沿革(赤坂離宮パンフレットより)

 紀州徳川家の江戸屋敷の一部に、明治42年(1909年)東宮御所として建設。

構造―鉄骨補強煉瓦造、建築家・片山東熊が一流建築家、美術工芸家と共に建設。

日本における唯一のネオ・バロック様式の西洋宮殿建築。

 昭和天皇,今上天皇が一時期住まわれたが、東宮御所としてあまり使用されることなく、国立国会図書館、内閣法制局、東京オリンピック組織委員会などの公的機関に使用された。

この間、外国の賓客迎えることが多くなったので、国の迎賓舘として「旧赤坂離宮」を改修してこれに充てることとなった。

改修工事は、昭和42年(1974)に現在の迎賓館が完成。

世界各国の国王、大統領、首相などの国賓、公賓が宿泊、歓迎行事、要人との会談、レセプションでの懇談の外交活動の舞台となっている。

先進国首脳会議、日本・東アジア諸国連合特別首脳会議など重要な国際会議に使用される。

平成18年から3年間大規模な改修工事、平成21年(2009)から迎賓施設として再開。

平成21年12月創建当時の建造物である旧東宮御所(迎賓館赤坂離宮)本館、正門、主庭噴水池などが国宝に指定。

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今月のことば

「将(あせ)らず、迎えず、

      応じて而して蔵(おさ)めず」 

「荘氏」の言葉

過ぎ去ったことは、くよくよしない!

先のことを、あれこれ取り越し苦労しない!

事が来れば、それに応じて適切な措置で最善を尽くして決断する。

その結果を坦々と受けとめ、心に留めないことが大事である。       

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