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「トルコと串本町(和歌山県)の友好」 2016-3

  土曜日の朝、10チャンネル(読売テレビ)で日本・トルコ合作映画「海難1890の話題が取り上げられた。

串本の無量寺?の資料より、トルコ政府からの「串本でお世話になった際の医療費の請求をしてください。」との手紙に対し、地元・串本から「医療費は、結構です。亡くなった方々への寄付に・・・」の手紙を発見とのこと、それは、125年前の話である。


  1985年イラン・イラク戦争の折に、フセイン大統領が「48時間後にイラクの上空を飛ぶ外国の飛行機は、皆打ち落とす。」と宣言した。

たまたま、日本からイラクに海外出張されていた方が、脱出の為の航空券を求めるが手に入らず、日本の救援機も来なかった。

「その時、日本から見放されたと思った。」と熱い口調で語られた。

 
  ところが、トルコ政府は、600名のトルコ人の救出作戦で優先的に日本人216名を救難機にのせて離陸した。

その機中で、機長から「トルコへ、ようこそ!」とのアナウンスが流れた。

「これで、やっとイラク上空から脱出できた!。」と感動のあまり、涙が出てきたと語られていた。

 「なぜ、日本人を自国民より優先的に助けていただいたのかは、その時わからなかったが、後日、串本町とトルコの友情の話を耳にして理解できた。なんとそれが、95年後に報いてくれたと思うと・・・。」


 
  コメンテーターは、救難機が日本からなぜ行かなかったとの話題に触れられた。

「自衛隊は、法律上行けなかった。民間機も、危険なところに行かせられないと組合の強い要望で・・・」と説明されていた。

女優で作家のコメンテーターも涙ぐみながら「私も知らなかったけれど、串本町とトルコは、大変良い関係なんですね。」とコメントされていた。

又、「このような友情が、世界中にもっと広がればいいですね!。」と某大学教授もコメントされていた。


IS問題で世界を震撼させる今、まさしく同感である。


 2013年春、「橋杭岩」で有名なこの串本町に愛娘「モモ」(愛犬・
201412月末没)と家内との恒例の1泊2日の旅行、最後のドライブであった。
Photo_4 Dsc00526

   橋杭岩       朝焼けの橋杭岩

 
その際、偶然トルコ軍艦救難の記念館(
20134月)に訪れることとなり、その歴史に感動して早や3年が過ぎた。
Photo_2 Photo Photo_3 

記念館前看板  トルコ記念館 エルトゥールル号
              の遭難現場を眺める           

「明治
23年(1890年)916日、オスマントルコ最初の使節団を乗せ、エルトゥールル号が、天皇への謁見を終えて帰国する途中、記念館沖で遭難し島民の献身的な活動により、トルコと日本友好の歴史が始まりました。この施設には、当時のエルトゥールル号の遺品や資料を展示しています。」(記念館前の看板より)


昨年
6月、トルコ大使館、和歌山県串本町共催で日本、トルコの友好を記念する「エルトゥールル号」の125周年追悼式典が串本町文化センターで開かれた。


               
2016年 31

           Y.YOSHIHARA

明治天皇と無事に会見して帰途、軍艦「エルトゥールル号」は台風に巻き込まれ岩場に座礁,大破。生存者は近くの灯台にたどり着いた。

嵐の中、救助活動が始まり、住民が船員を手当てし、私物の衣服や食料を分け与え、捜索した。後にオスマン帝国から寄せられた謝礼に、救助にかかわった医師が「遺族にあげてほしい」よしたためた手紙も残っているそうである。


 当時の東京日日新聞(毎日新聞の前身)は、号外が発行されたとのことである。

「土耳古(トルコ)軍艦の沈没」乗組員多数死亡、生存者六十余名も大半が負傷」と伝える。翌日20日発行の紙面では、諜報を伝えつつ、いち早く「同情相憐れむ」とする社説を掲載、ようやく帰途に就けた乗組員への憐れみを述べ「アジア諸国の連帯」を訴えつつ,義援金をよびかけたりした。

翌年に追悼碑が建立。正式な国交樹立は第一次世界大戦後、1924年で、「草の根の交流」が国交に先んじた。

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今月のことば「明日の時間は、まだ使われていない」

 

“あなたが無駄に使ったのは, 
          すぎ去った時間だけである。

 明日の時間は、まだ使われていない。

 その時間は、あなたのためにとってあるのだ。"

    
        (米保険セールスマン F・ベドガー)

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