« 「アンデスの棚田!」 2015-7 | トップページ | 「隠岐国分寺と金剛組」 2015―9 »

ドキュメンタリー「二人の出会い(旅路)」NHK 2015-8

 夜中に目が覚め、NHK(BS)のチャンネルをひねると、60歳位と思われるの二人の男女が列車から外の景色を眺める場面から始まった。

とある町のシーンで、「ああここだ。」懐かしい面影のある建物の前で真理さんは佇んだ。

(この時の心境は、私のブログ2月号「念ずれば叶う!」と同じであろうと感動し、眠けもふっ飛び、最後まで番組に引き付けられて約1時間・・・。)


1945年8月7日に結婚。それは中国駐在の日本人・柴田氏(有名商社マン)と裕福な中国娘さんとの中国での結婚であった。

8月15日終戦を機に、夫の柴田氏は2年間拘束された後、嫁と1946年に生まれた娘・真理さんを残して日本へ強制送還された。

10年間連絡が途絶えて、中国に残された奥さんは、迫害や生活苦から遠く離れた地の中国人と再婚する。

娘のことを気使う母親(真理さんの御婆さん)が、嫁ぎ先に行きそのあまりの貧しさに号泣した。

その後、真理さんには5人の弟、妹と貧しい生活が続く・・・。

お母さんが、生活の為にリヤカーを引く姿を見た真理さんは、生活の手助けをするために若くして京劇の劇団員入りをした。

そして、京劇のトップの男優に惚れ、自分は日本人であると手紙で打ち明ける。

その後結婚に至るが、真理さんが日本人と分かると周囲の人に激しい迫害をうける。

そして二人は、それに耐えきれずに、京劇で安定した生活をあえて捨てて日本へ向かった。

父親が、南米で事業をしていることもわかり、真理さんと文通が始まった

日本でも、日中友好の一環として、奈良で京劇を演ずることとなり、元トップ男優のご主人が主役を務めた。丁度その時に父親が亡くなったとの報が入る。

その京劇のクライマックスは、落城寸前の王と王妃の会話のシーンである。

王は王妃と二人で城を脱出しようとするが、王妃は「自分が、足でまといになるからここで自害する。」と叫ぶが、王は一緒に逃げることを何度も進める。が、王妃は一瞬のスキに王の剣を抜き取り、首にあてて自害する。

真理さんは、夫が中国で英雄視され生活に何不自由なく暮らしていたのに夫を巻き込み、

日本に来た為にすべてをなくして申し訳ないと話す。

ご主人は、「そんなことはない。」と慰め合うそのお二人の顔は、凛々しく、明るく、知的な美男美女であり、その顔はまさに似た者夫婦であった。

( 私は、この会話のシーンを観て、先程の京劇の王妃の最後のシーンとダブり目に熱いものを感じるドキュメンタリー番組であった。)

冒頭で「とある町のシーンで、“ああここだ。”昔し懐かしい面影のある建物の前で真理さんは佇んだ。」と述べたが、実はその建物が、昔京劇を演じた劇場であったのである。

その建物が、取り壊されるか?、立て替えられるので、最後の記念にご主人が演じられるために中国へ来たとのことであった。

その看板には「??先生・・・」と掲げられていた。

そして、何年ぶりであろうか昔取った杵づかで大成功に終わった。

波乱万丈の残留孤児の方のドキュメンタリーであった。

その時私は、山崎豊子さん原作のテレビドラマ「大地の子」を思いだした。

現在、日本で生活の為に中華料理店を開くも、真理さんが健康を害し、店も閉店となった。今は、国の援助を受けておられるとのことである。

一時、残留孤児の方の話題がテレビをにぎわした頃があったが、我々も忘れかけている。

このように厳しい人生を送られてきたことに、言葉では言い尽くせないご苦労があったであろう。

今我々の周りでも、なかなか理解し合えない面が多く感じられるけれど、同じ人間であればお互いの立場を尊重しあい、互いに一歩下がって話せばと思うのであるが、時には大きな声の人の意見がるようなことがあるが、目先のことに一喜一憂するのでなく、長いスパンで考えるようにして行けば、世の中がうまく回転していくのではないだろうか。

最後にもう一度、お二人の人生にあれほどの落差に遭遇しても、お互いにかばい合い、悔いのない凛々しい顔がいつまでも目に焼き付いていることをお伝えしたい。

 2015-8-1 

                       Y.YOSHIHARA

PS-本年8月15日は、終戦70周年にあたる。

二度とこのような不幸な物語が起きないようにしたいものである。(このドキュメントは、昨年の再放送だそうです。)

(タイ・バンコックのホテルで、部屋に届けられた新聞より)

78日朝刊の読売新聞(6面)に、中国共産党機関紙「人民日報」元論説委員馬立誠氏の親論文が(1ページにわたり)掲載。

戦後70年にあたり、「対日新思考」論文を再び発表した馬立誠氏は、日中間の歴史問題で、中国人に寛容であれと呼びかけた。反日宣伝があふれる中、中国自身に変化を求めた理性的な主張だ。新論文の狙いなどについて、馬氏に聞いた・・・


(「対日関係の新思考」江沢民政権当時の愛国主義教育などで、中国世論が「反日」一辺倒になっていた2002年12月、中国誌に発表された。歴史にとらわれすぎた従来の対日観に疑問を呈しつつ、排他的な民族主義を批判した。)

 

  その趣旨の中で、「フランスのシラク元大統領には、有名な言葉がある。“憎しみに未来はない”仏独の協力関係なくして、欧州の今日はなかった。同様に中日の和解なくして東アジアの安寧はない。そのカギは、憎しみ続けないことである。」

 ================================

今月のひとこと
 
『安岡正篤活学一日一言』より(致知出版社刊)

 

(イ)愛読書を持て。

(ロ)偉人に私淑(ししゅく)せよ。

(ハ)明師良友を求めよ。

(ニ)礼節を正しうせよ。

(ホ)家国の為に有為の人物となれ。

各国の運命は結局その国が如何なる青少年を持っているかに依って決するというてよい。

 

=================================

|

« 「アンデスの棚田!」 2015-7 | トップページ | 「隠岐国分寺と金剛組」 2015―9 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ドキュメンタリー「二人の出会い(旅路)」NHK 2015-8:

« 「アンデスの棚田!」 2015-7 | トップページ | 「隠岐国分寺と金剛組」 2015―9 »