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「研究会の創立50周年に参加して」 2014-12

 50周年といえば、東京オリンピック、東海道新幹線開通、富士山頂レーダ基地建設参加など思い出深い年であった。それらは、大学3年生の青春時代でもあった。

有志で研究会を創設して満50歳の誕生日を迎え、その祝賀パーティの案内が届いた。

11月8日(土)、新幹線で今年3度目の東京に向かった。1月に恩師・平山善吉先生の叙勲のお祝い(日本山岳会100周年の会長、南極観測隊1~3次越冬隊員)、そして先月は初孫の七五三のお祝い、そして今回の上京である。

残念ながら、今日の「研究会創立50周記念」に初代会長・田中洋三君(日本IBM在籍中に死亡)は、30歳の若さで家族を残して、また渉内役・大森一紘君(元・安藤建設技術研究所所長)は、腎臓病で昨年の春に二度と帰らぬ人となった。

前日、昨年夏に大阪を引上げられた高木美千子女史(エッセイスト、今も産経新聞に定期的に旅行記を掲載)にメールを入れると、「上京されるなら、お会いしましょう」との電話をいただいた。

8日(土)午後、東京ステーションホテルのレストランで久しぶりに歓談した。

 

その後1時間ほどして、親友の栗原章弘君と合流し、彼が予約してくれたホテルに案内していただいた。(彼が入学時に初めて声をかけてくれた。元・森ビル役員、森ビルが赤坂の街の一角を大開発した時の現場管理責任者)

今回の会場が「市ヶ谷駅」の近くであり、開会までに時間があるからということで,49年前に通った東京大学・生産技術研究所(卒論)も駅から歩いて行ける距離だったと記憶?していたので、市ヶ谷自衛隊駐屯地(現・防衛省、作家・三島由紀夫氏割腹自殺)の近くに向かった。約一時間、栗原君とそのあたりを散策し古そうなクリーニング店で聞いてみたがわからなかった。

いよいよ「建築生産研究会50周年」式典が6時から始まった。

現役生約10名を含む、100名を超える参加であった。

橋本緑郎教授の挨拶(実行委員長)、そして生貝さんの乾杯のあいさつで祝宴が始まった。           

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創部のメンバー     生産技術研究所にて
(筆者、栗原、生貝、金子)(
生貝、本間、筆者、大森)

我々創部の4名が壇上に並び、当時の思い出話を生貝貢さんが代表しで話された。

(生貝貢・元日本空ビルディング㈱常務―羽田の国内線、国際線のターミナルビル建設プロジェクトに参画。

栗原章弘・元森ビル役員、コンサルタント会社、不動産会社の顧問。

金子鴻一・公益社団法人 東三河地域研究センター常務理事)

「その年は、東京オリンピック、東海道新幹線開通、富士山頂レーダ基地建設など思い出深い話・・・。それらは、大学の3年生の青春時代であった。」

 その後、浅野平八教授(創部4期生)の学祭発表の中で「研究会で京都に行った折に、吉原先輩に差し入れしていただいてうれしかった・・・。」と紹介された。

 当の私は、京都でお会いしたことは覚えていたが、差し入れをしたことは定かでないのであるが・・・。

 何人かの思い出話の後、現役生の研究課題の説明などがあり、約1時間半の祝宴も和気あいあいの内に中締めとなった。

その中締めは、遠来の創部生(第一期)ということで、私にお鉢が回ってきた。

*この研究が始まった頃に建築の工業化という言葉を耳にした。PCの始まりである。

パソコンではない、プレパクト・コンクリート(プレファブ・工場生産化)のことである。

*その頃の建設省(現・国土交通省)や大阪府の指導により、父親が経営する当社もその方針に向けて、㈱金剛組(創業1400年)さんとグループ会社として約40年間お付き合いしたことなど、その時代を振り返りつつ話を進めた。

「この研究会が、60周年、70周年と年輪を重ねられ、私どももこの会の周年事業に元気で参加できるように健康に留意して生きたいと思います。

最後に、すごし長くなりましたが、本日の設営に何度も協議された実行委員会の皆様に、熱くお礼申し上げて、中締のことばとさせていただきます。ありがとうございました。」と挨拶。

あくる日、卒論で東大生産技術研究所に通った思い出を、今一度この目で見たいとの思いから、そのあたりを再び散策したがどうしてもその面影見ることができなかった。

(生貝さんの話によると、その当時の建物は取り壊されたとのことである。)

午前11時頃「九段下」駅を降り、靖国神社へ向かった。

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第二の大鳥居前    神社境内案内図

大きな第一の鳥居から約150m進むと、その沿道の中央に大村益次郎の大きな銅像が建てられている。それを右横にみながらさらに150m程奥へと向かい、沿道の左脇の「大手水舎」で手を清めて第二の大鳥居をくぐった。

真っ先に、拝殿前から右の受付で参拝の申し込みをする。

「ご遺族様のお参りですか。」と聞かれたので「一度は、寄せてもらわれねばとの思いで参りました。」と巫女さんに告げた。

しばらくすると、神官の方に案内されていよいよ拝殿へ向かった。それは、昨年末安倍総理が参られたあの光景通りの階段を上って本殿の畳の上で正座した。(5人づれのもう一組の方々と。)

本殿内の正面には、大きな丸い鏡のようなものに回りを蔦のようなもので保護されているように見えた。厳かな雰囲気の中で神官の祝詞奏上、私の玉ぐし奉天と続いた。本殿から階段を下り、右に回ったところで、お神酒をいただき拝殿を後にした。

 

帰り際に、受付で「遊就館招待券」をいただいたのは、丁度12時過ぎであった。家内からも「遊就館」を必ず見るように言われていたので、すぐ近くの遊就館に向かった。

多くの遺品、遺言に胸の詰まる思いで眺めていたが、隣の女性はハンカチで顔を覆いながら見られていた。 私も、これらの多くの方々の手紙の全部を見る気になれなかった。鹿児島の「知覧の記念館」の特攻隊の方々とはまた違い、若者のみならず家族にあてた手紙や、歴史上の人物、戦争の歴史など多方面にわたって展示され、今まで知らなかった数々の日本を見ることができた。

その見学は、90分コースのつもりが、約120分かかった。

今回は、少し長くなるのでまた機会があれば、改めてこの思いなどを紹介したいと思う。

この遊就館は、日本人として一度は行っておくべき場所である。

最近、時折足が痛む日があるが、この日はなぜか快調に歩くことができた。

東京駅を3時30分頃の新幹線で昼食のサンドイッチとビールを買って帰路についた。

50周年の同窓会、お互いに少し体に痛みを感ずる歳である。

考えてみたら、もう71歳の同窓である。

若い人に迷惑をかけないように(保険の負担、介護など)心掛けて、元気で長生きしようと思う。

今年も、あと1ヶ月である。

本年は、ロータリークラブで気の遣う1年であったが、少し若者に奉仕(11月号掲載)できたことに感謝している。

来年は、当社の創立80年である。まだもう少し会長として、現役で働かねばならないようである。

 2014-12-1  
                         Y.YOSHIHARA

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士山頂レーダ基地建設に参加(1963年夏)

生貝氏写真提供(左下写真の左端生貝氏、後ろ右筆者)

PS― 同窓会と言えば、高校の親友とも夫婦でお付き合いしている。今年の明るい同窓のニュースは、アルインコ㈱(井上雄策会長)さんが、本日(12月1日)東証2部から、東証1部に上場されたことである。
15歳の高校1年生の時にコーラス部で友人となり、その後カルテット(4名)でグループを組み、演奏をしたものである。「トム―・ドーリー」が持ち歌であった。

それから56年、今も高校生のような気もちで、

一緒にゴルフ、旅行を楽しんでいる。

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今月のひとこと「俳優・高倉健の座右の銘」

「往く道は精進にして 忍びて終わり悔いなし」

(自分の進む道において決して努力はやめない。 

我慢し続けて一生終えても悔いはなし。)

「我行精進 忍終不悔」 浄土三部経「大無量寿経」より

天台宗・比叡山延暦寺の大阿闍梨・酒井雄哉師との対談で酒井師より贈られた言葉

 12月のブログ原稿案作成の日に、訃報が流れた。これほど多くの人々に広く愛された俳優はいないのではないだろうか。過去にも多くのエピソードがマスコミにより語られてきた。死後、更に多くの一般人との義理堅いつながり話を聞くにつけ、「気配りのされる大きな人」と感動するのは私だけではないであろう。しかも控えめな態度で・・・。

ご冥福をお祈りいたします。

本ブログ、2012-10号を見てください

   
 

高倉健6年ぶりの映画「あなたへ」

 
 

201210

 

私の観た高倉健主演の映画

「ホタル」2001    「鉄道員(ぽっぽや)」1999

「あ・うん」1989 「ブラック レイン」1989アメリカ映画

「南極物語」1983 「幸せの黄色いハンカチ」1977 「八甲田山」1977
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