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「老後?の老犬介護の日々」 2014-7

  満16歳の“愛犬モモ”(人間では90歳代?)が、3年前に白内障、2年前の6月に強烈な発作をおこし、その後「もうダメだ」と思う場面が何度も続く介護の日々であった。


  肉体的にも精神的にも限界を感じた家内は、泣く泣く介護施設「ペットのお店パートナー」さんにお願いすることにした。

 昨年のポルトガルで開催されたロータリ世界大会に参加したツアーで、約1週間ご一諸したメンバーのおひとりに横浜市戸塚で保田動物病院院長・保田修一氏(医学博士)がおられた。

  色々なお話の中で、犬猫病院を経営され、MRIも備え付けられていると聞いて驚き、動物の介護施設も経営され、スタッフが約30名?との話に「すごいな!」と思った。

私が、みなさんより数日早く帰国するとのことで、保田先生、名古屋の長田氏はじめ複数のご夫妻が、私一人の為にお別れの食事会を中華料理屋さんで開いていただいた。

その時に、多くの方が夫婦参加であるが、私の家内は愛犬の世話で参加できなかった話をすると、大阪にもそういう施設があるはずですよとアドバイスしていただいた。

 帰国後、早速物知りのガソリンスタンド経営のオーナーさんに話したところ、八尾市(大阪府)にそのような施設があるようだということで調べていただき、後日介護施設「パートナー」の連絡先を知らせていただいた。

  その後、少し留守をする度に何度か預かっていただいた。そして半年過ぎたころから、家内の体力、精神的に限界が来たようで、正式に預けるかどうかで苦悶する日々が続き、3月3日(16年前に迷い犬だった「モモ」が、我が家に来た日)に意を決したのである。そして先方と相談し、その週に正式に入れていただくことにした。それは、涙ながら?の決断であった・・・。

 誓約書を交わし、家内の思いを2枚の便箋に綴り、私共のお願い書なるものも携えて手続きを終えた。

  そのお願い書とは、今までの愛犬と同じように「通夜は、家で行う。」「思い出の土地に納骨をする。」「延命治療はしない」等を書いたものである。

帰り際に、オーナーさんから「二人で旅行でも行かれ、少しゆっくりなさってください。」の言葉に家内は涙ぐみ、私の胸にも熱いものが走り、夕闇迫る中、二人は施設を後にした。

 入所後の検査で、毛の艶はいいのだが痩せているのは老犬用のエサの為と分かり、その後は普通食に変えていただいた。
 
  十日後に、一度自宅に連れ帰り一泊させ、そして送り届けたのであるが、環境の変化についていけないのか、又施設で発作が起こったとのことである。そういえば、以前にも預かっていただき、帰宅すると我が家で発作が起こったことが何度かあった。

 “愛犬モモ”が環境の変化についていけないようなので、こちらから出向いて会いに行くようにすると家内は話している。

   今まで何度か愛犬を見おくったが、今までで一番頭の良い犬だったように思う。


 普段は鳴かないのであるが、しかし、家内が階段から落ちたときや泥棒が入った時には非常に大きな声で危険を知らせてくれた命の恩人(犬)でもある。白地に黒い毛が混じり、一見、ボーダーコリーを彷彿させる?毛色で、人から「お世話されている犬の種類は?」と聞かれたら、パンダのような、ホルスタインのような犬ですと笑いながら答えたものである。

    3月15日、二人で一日一往復で人気のある近鉄特急電車“しまかぜ”に乗り、久しぶりに伊勢神宮にお参り一泊旅行に出かけた。

 家内は、3月のお伊勢さんにお参りした時の写真を見て、自分の表情がだんだん良くなってきたと笑いながらひとりつぶやいた。

  その後の1週間に一度ぐらいの割合で施設に会いにいく。最近はやせ細っているが、毛の艶はよく、落ち着きのある動きをしている。手を出し「モモ」と呼ぶと私の手を何度も何度もなめまわすのを見たオーナーさんは、「主人であることを、よくわかっているのですよ。」と話していただいた・・・。

 おかげで、6月初めに毎年恒例の夫婦旅行(高校の同窓生約10組で)も4,5年ぶりに二人そろって参加できた。

 そして、はや5ケ月目を迎えようとしている。

 私ら夫婦の親の介護はすでに過ぎたのであるが、犬の介護でこのように長く苦労するとは思わなかった。また、人の介護施設の話はよく耳にするが、犬や猫の施設があることは知らなかった。

 我々のようにお困りの方がいらっしゃるのではなかろうかとの思いで、このブログに掲載することにした。

 犬や猫の介護で悩まれている方があれば、介護施設「ペットのお店パートナー」さんを、一度訪ねられてはいかがであろうか。
オーナーさんが、親身になって相談にのってくださるでしょう。

               2014-7-1

                           Y.YOSHIHARA

 PS-このブログも、今月号で10年目に入った。短いようでもあり、長いようでもある。これからも、読んでいただく方に少しでもプラスになるような内容であり続けたいものである。

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2013
年夏のモモ     2014年6月施設でのモモ

 介護施設「ペットのお店パートナー」

場所;大阪府八尾市西高安町1-65-2番地(外環状沿い、道路西側)

TEL  FAX;072-922-2289

HP ; https:// www.kawachi.zaq.ne.jp/partner111/page009.html

便箋に綴った家内の思い出

モモは、19992月末「あやめ池(奈良)」にいる妹から保健所行きだといわれている「迷い犬」がいるけど飼ってやれないかとの電話が入った。3月3日(桃の節句)に我が家につれてきました。人なつっこいおとなしいい犬で「モモ」と名付けて、家族の一員となりました。まだ、シャンプーの匂いがしていました。

 すぐに近くの獣医さんに連れて行き、見てもらうと生後4ヶ月位とのことでした。

  成長するにつれてかしこい元気な犬で、とびまわり、走り回るのが大好きで自分を犬と思っていないようでした。

トイレも夜中には自分で勝手に行けるように、ベランダの戸を細工しました。又、日中に行きたくなると私の足もとにきて、まずじっと私の目を見つめ屋上の出口の方にいったり来たりしました。それでも私が気づかないふりをすると、前足で私の足元をチョイチョイと触れて屋上に連れていけと催促したものでした。

 眠る時は、家族と同じ部屋でモモ用の布団を敷き・・・、まるでわが子のように暮らしてきました。

 車に酔わないので、買い物にもドライブにも連れていき、鳴きもしないでじっと車の中で待っていました。泊りの旅行につれて行っても、車中でじっと眠っています。

  無駄鳴きをしない「こ」ですが、私が階段から落ちて動けなくなった時には、大声でワンワンほえたてて人に知らせてくれました。又、夜中にけたたましく吠えて、泥棒からも私達を守ってくれました。

白内障になって約4年。見えないと思うのに、家の中を自由自在に動きまわり、階段も昇り降りしました。

てんかんの発作を起こすようになって1年8ヶ月、教えてくれたトイレもわからなくなって7,8ヶ月、よく頑張ってくれました。

                        2014-3-3

Photo  Photo
    2014-6  介護施設「ペットのお店パートナー」にて

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 今月のひとこと 「自ら変化を作り出す」 ドラッカーの言葉

「生き残りかつ成功するには、チェンジ・エージェント、すなわち変革のための機関とならなければならない。変化をマネージメントする最善の方法が、自ら変化を作り出すことである」
「チェンジ・エージェントたるための要点は、組織全体の行動様式を変えることである。全員が、変化を脅威でなくチャンスとして捉えるようになることである」


上田惇生著「ドラッカー時代を超える言葉・洞察力を超える160の英知」より

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コメント

モモちゃん
お子様の様に大事に育てられたのですね。

ご夫妻のモモちゃんに対する愛情が凄く伝わってきます。

投稿: S.MORI | 2014年7月 1日 (火) 10時37分

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