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映画「風たちぬ」「終戦のエンペラー」を観て 2013-9

八月一日、映画「終戦のエンペラー」を見ようと映画館に向かったが、平日にもかかわらずほぼ満席なのでこの日はあきらめ、アニメ映画「風たちぬ」を観た。

零式艦上戦闘機(零戦)を設計した実在の人物、堀越二郎の半生を東京、名古屋、ドイツを舞台に、彼の10代から30代までを中心に生涯が描かれたアニメ映画である。


  少年時代からその物語が始まり、結婚するも、飛行機にあこがれ仕事に没頭する毎日で、闘病生活の奥さんにも十分な看護もしてやれず、涙を誘うシーンが何度かあった。

(テレビコマーシャルでも荒井由美の主題歌「ひこうき雲」が流れ、宮崎駿監督のネームバリュウムとその作品のクオリティーにより、大変好調な出足のようであり映画館の上映頻度は、他の映画を引き離しているようである。)

声優陣も豪華で、主人公の声優・庵野秀明、ヒロイン役の滝本美織、風間夫、西島秀俊、西村雅彦、竹下恵子、大竹しのぶ、志田未来、国村隼、野村萬斎らの俳優陣である。


  主人公の堀越二郎氏は、1903年(明治36年)に生まれ、本年生誕110周年にあたる。(丁度日露戦争の始まる前年生まれである。)

七試艦上戦闘機、九試単座戦闘機、九六式艦上戦闘機、零式艦上戦闘機(設計主任)、雷電、烈風、YS-11等の設計に携わり、戦後初めて日本のメーカーが開発した双発ターポプロップエンジンの旅客機がYS―11であり、特に我々の年代の者に身近な飛行機である。

それは、東京オリンピックの聖火を日本各地に空輸され、国民にも大いに認知された。(昭和39年9月9日)

 
  その頃(約50年前)、私と同じ下宿の友人・I君(三菱重工の重役?の息子)から、YS-11に携わっておられる木村秀政日大教授(元東京大学教授)の話を何度か聞いたことを覚えている。

また、東京オリンピック開催(1964年10月10日)に向けて多くのインフラ整備等が行われたころである。

新幹線開通(1964年10月1日―東京・大阪間3時間半)

名神高速道路開通(1963年7月)

富士山頂の気象レーダードーム完成(1964年8月15日ドーム設置―台風の早期予報。実習学生として参加。―NHK「プロジェクトX」第1回放映映画「富士山頂」)の頃で、丁度大学生活まっただ中で、大いに青春を謳歌した時代であった。

また、今回決まったアメリカ駐日大使・キャロライン・ケネディー(弁護士)氏のお父さん「ジョン・エフ・ケネディー大統領暗殺」のニュースが、アメリカからの初めてのテレビ衛星中継となったことも思い出に残る。(1963年11月23日)


  夏休み中のアニメ映画なので、子供向きの映画であろうかと思いつつ、世界的にも名を馳せ、
『崖の上のポニョ』以来5年ぶりの宮崎駿監督作品(原作)とのこと、テレビコマーシャルでも荒井由美の主題歌「ひこうき雲」を思い出し映画を観ることにした。

子供のみならず、観かたにより大人にも十分通じる映画である。


「風たちぬ」の1週間後の8月8日に
「終戦のエンペラー」をやっと観ることができた。

その映画は、68年前の8月6日広島に原爆投下の実写映像から始まった。

そして、マッカーサー連合軍最高司令官(トミー・リー ジョーンズ)が、日本に到着した1945年8月30日から米大使館で天皇陛下(片岡孝太郎)と会見した9月27日までの1か月間を刻々画かれている。(マシュー・フォックス、初音映莉子、西田敏之、火野正平、中村雅俊、夏八木勲、桃井かおり、伊武雅刀)

この映画は、GHQの方針が、二転三転したことを物語っている。

それは、ポツダム宣言受諾に際し、天皇制の維持を条件として打診するも、連合国側はあいまいのまま日本の降伏を認めた。

厳しい米国内の世論やトルーマン大統領は、訴追に前向きであるが、GHQ内では天皇制への知識や理解ある人々は、天皇制維持が占領統治に有効と考えていた。

マッカーサーは、アイゼンハワー米陸軍参謀総長に「天皇の国事への関わり方は、大部分が受動的だった」と回答。極東国際軍事裁判(東京裁判)は、天皇は訴追者リストから除外された。マッカーサーは、晩年の回想記で天皇が全責任を負うと述べたことに感激したとあり、映画もこの場面を再現している。(毎日新聞2013年8月7日夕刊より)


  日本の侵略について問われた戦犯(?)のひとりが「イギリス、フランス、オランダ、・・・・・・などの国々は、アジアを侵略したではないか。日本だけが侵略しているのではない・・・。」と答えるシーがあった。誰もがGHQに恐怖を抱いていた時代(約終戦1ヶ月後の頃)に、よくも言ったものだと感心した場面であった。

 また、9月27日のマッカーサーと昭和天皇陛下の会談のシーンは、何をしゃべられたのかとの思いが我々観る者を釘づけにし、お付きのものを部屋から出し、通訳のみを部屋に残しての二人の会談が、そのクライマックスシーンをさらに盛り上げていた。

 
  原作は、大阪生まれ(1946年)の岡本嗣郎氏(毎日新聞社社会部、学芸部で活躍)のノンフィクション「陛下をお救いなさいまし」ということである。
(戦争や占領をテーマにした著書「歌舞伎を救ったアメリカ人」「シベリアのトランペット」などや、ノンフィクション「孤高の棋士 坂田三吉伝」の作家でもある。)

 早稲田大学で1年先輩の元読売新聞記者・大谷昭宏氏は、「資料を徹底的に読み込み、そして取材先との人間関係の中からテーマ―を熟成していくタイプ」「戦争は国家間のあつれきから生まれるが、根本的には始めるのも終わらせるのも人間。戦争も平和も含めて人間の歴史は人と人との結びつきによって成り立っている。それが生涯、人間を愛した彼の伝えたかったことではないでしょうか。」(毎日新聞2013年8月7日夕刊より)


  この映画でも、昭和二十年(1945年)八月十五日玉音放送予定の録音盤を探すため、近衛兵と若手将校の戦いが描かれていた。

そのシーンを観て、一昨年(2011年)8月14日テレビ番組「池上彰の戦争を考えるSP」を思い出した。

天皇陛下の放送予定の録音盤を搾取すべく若手将校のクーデター計画を防ぐことができた。その時の詳細な模様を元将校のお二人(100歳と88歳)が年令を感じさせることなく若々しく、昨日のことのように鮮明に語られるのを聞き、草笛光子さんはじめ出演者の方々の目に涙を浮かべる場面が度々あった・・・(2011年9月号のブログ「毎年8月になれば、お盆、終戦記念日・・・」に掲載)


「“私は、国民が戦争を遂行するにあたって政治、軍事両面で行ったすべての決定と行動に対して、責任を負うものとして、私自身をあなたの代表する諸国の採決にゆだねるためおたずねした” 私はその瞬間、私の前にいる天皇が、個人の資格おいても日本の最上の紳士であることを感じ取ったのである」

(昭和39年「マッカーサー回顧録」朝日新聞社より・映画コマーシャルより)

 
                            2013-9-1

                        Y。YOSHIHARA 


堀越二郎氏略歴

1903年 群馬県生 1982年没

東京帝国大工学部卒(航空学科首席、藤岡中学、第一高等学校首席卒)

(木村秀政、土井武夫氏東大同期)

三菱航空機、三菱重工業、中日本重工業、新三菱重工業株式会社参与を経て

東京大学宇宙研究所講師  1963~65

防衛大学校教授      1965~69

日本大学生産工学部教授  1972~73

従四位・勲三等旭日中綬章

七試艦上戦闘機、九試単座戦闘機、九六式艦上戦闘機、零式艦上戦闘機(設計主任)、雷電、烈風、YS-11等の設計。

「航空機に携わった5人の侍」堀越二郎、太田稔、菊原静男、土井武夫、木村秀政 

 「終戦のエンペラー」プロデュ―サー・奈良橋陽子

「ラストサムライ」「47RONIN」など、日本をテーマにした映画の製作に関わり「日本から米国、世界へ発信したい」と創作意欲をかきたてられた。(日米映画界で活躍)

奈良橋さんの祖父で宮内次官だった関谷貞三郎氏も、重要な役割を果たした。

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今月のひとこと

ガンジーの言葉「運命を変えるには,思考を変える」
「思考は言葉になる。
   
言葉は行動になる。
     行動は習慣になる。
       
習慣は価値観になる。
         
価値観は運命となる。

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コメント

「風たちぬ」は観ていませんが、「終戦のエンペラー」は観に行きました。
歴史的背景は解りましたが、正直、映画としてはイマイチ・・・
微妙なニュアンスが上手く伝え切れてない気がしました。

現在、シリアに関する報道が錯綜してますが、やはり戦争はしてはいけない!と思います。

投稿: S.MORI | 2013年9月 6日 (金) 12時51分

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