« 「コンピューター四方山(よもやま)話」 2013-5 | トップページ | 音*学*劇 「ザ・オダサク」  2013-7 »

「琵琶湖周航の歌」 2013-6

  その建物から「琵琶湖周航の歌」が流れてきた。その歌は、加藤登紀子さんが歌っていると思いきや、男性の声である。しかも頭のてっぺんから声を出すような・・・。

その建物「琵琶湖周航の歌」資料館(JR湖西線近江今津駅下車徒歩2分)に入ると、なんと小林旭の声が、館内に流れていた。

テレビで三田村邦彦のぶらり旅歩きの番組を見た。滋賀県高島市今津港の付近の散策であった。

われら夫婦も、55日のこどもの日にその番組の流れにそって散策することにした。
その資料館から北に7~8分程歩くと道路の交差点北西角に明治の面影を残す建物今津ヴォーリズ資料館(元・銀行―ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計に出会う。

その資料館は、今は町おこしの一環であろうか、展示室の中央にはカフェが設けられ、演奏会や文化教室なども催されるなど地域のサロンとして、またカレーライスなど軽い食事もできるレストランとしても機能している。

その前面道路・ヴォーリズ通りをさらに西に数分歩くと、ヴォーリズ氏の設計で左右対称の洋館・旧郵便局や日本基督教団今津教会会堂に出会う。

ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計で1934年に今津郵便局舎として建設され、1978年まで使用され続けていた。)

  これらの建物に挟まれた場所に、明治時代からの”こんにゃく”の店「茂兵衛」がある。お店に入ろうとすると大阪ナンバーの車で買い物をしたお客と出くわした。この人たちも、「テレビを観た人たちかな」とひとり微笑んだ。

さらに南に下り、川魚・うなぎで有名な「西友(にしとも)」本店で食事をすることにした。しかし、休日で昼食時であったこともあり、2~30人のお客が待っているとのことなので、さらに南に下り「西友」駅前店でやっと食事にありつけた。そこは、座敷で相席であった。注文すると「今からうなぎを焼きますので、少し時間がかかります。」とのことであった。

ビールのあてに鯉の甘露煮が速いであろうと注文した。大きな輪切りの子持ちの鯉は、少々味が濃いかなと思ったが、いい味付けであった。

丁度鯉を食べ終えたころに、本題の「うな重(じゅう)」が出てきた。「ごはん大盛りにしましょか?。」ときかれて、普通と頼んだはずであるのだが・・・。同じならうなぎの大盛りならお願いしますと言いたいところであったが・・・(笑い)

 テレビの番組では、「西友」から昔の宿場町の風情を残す料理旅館「丁子屋」さんへ。

今津港から北へ数分、暖簾をくぐると土間が建物の裏まで続き、その向こうに水面が見える。琵琶湖畔と道路(昔の街道)の間に建つ料理旅館「丁子屋」さんである。料理と酒をいただく三田村邦彦さんの楽しそうな顔が今も印象に残る・・・・・。

20年前位になるであろうか、私の知人Tさんから「丁子屋」さんに予約を入れていただき、鴨スキをいただいたことがある。ご主人からこのお店の歴史や、雪の中をかき分けてネギなど野菜を傷つけないように手で掘り起こす話など、自ら鍋に鴨や、野菜などの具を入れながら説明していただいた。

そのご主人(14代目?)も、今はあの世に旅立たれたとのことである。

床の間には、有名人(稲盛和夫?、角川春樹氏ら)の色紙が飾られていたことを思い出す。

その夜は、雪が前から車に向かって吹き荒れ(地吹雪?)、友人O氏らとの思い出に残る日となった。

Photo     Photo
                                  「琵琶湖周航の歌」資料館
 先述の資料館そのものは、小さな建物であるが、中には「琵琶湖周航の歌」にまつわる
CD, 書籍、絵葉書、歌詞が書かれた暖簾、歌詞の生い立ち、今津町の古い町並みの写真やお店の紹介等、ところ狭しと並べられており、「琵琶湖周航の歌」も流れDVDによりその紹介がされている。

家内は絵葉書を、私は書籍「日本一の湖へ・・・“一枚のハガキ”全国コンクール」を買った。帯に「全国から寄せられたびわ湖への想い113篇を収録」と掲載。(約全国から2800枚のハガキから厳選され、4歳から戦争経験者までの広い年齢層である。)

裏帯に歌手・加藤登紀子「“われは湖(うみ)の子さすらいの”と歌うたびにこの歌が故郷の歌であり同時にさすらい人の歌なのだということがじわりと胸をひたす。さりげない歌詞の美しさが、失われた遠い時間を連れてくる。」 

高校(50数年前)時代(クラブの合宿)、比良山のふもとで「琵琶湖周航の歌」等を歌いキャンプファイアーの青春を謳歌した夏の日を思いだしながら、資料館を後にした。

時間があれば、竹生島にわたり琵琶湖周航のムードに浸るのもいいものである。

さらに欲を言えば、4月中旬には「日本のさくら名所100選」の一つ「海津大崎」の観光(歩くもよし、観光船から眺めるもよし)もすばらしいものである。(樹齢70年の老桜から次世代へ引き継ぐ若木まで約800本のソメイヨシノが約4kmにわたり、湖岸に桜のトンネルをつくる。)

  その番組の流れに沿っての「我ら ぶらり旅」は、
45回目の結婚記念日(429日 昭和の日 元・昭和天皇誕生日)を迎えたわれら夫婦の思い出に残る一日となった。

             2013-6-1
             
 YYOSHIHARA

 琵琶湖周航の歌(小口太郎・作詞、吉田千秋・作曲)

1 我は海の子 さすらいの
    旅にしあれば しみじみと

 昇る狭()霧や さざなみの
    滋賀の都よ いざさらば     

 

2 松は緑に 砂白き 

    雄松が里の 乙女子(おとめご)や

  赤い椿の 森陰(もりかげ)に  

    はかない恋に なくとかや

3 波のまにまに 漂(ただよ)へば 

    赤い泊(とま)り火 なつかしみ

 行方(ゆくへ)定めぬ 浪枕 

   今日は今津か 長浜か  

4 瑠璃(るり)の花園 珊瑚の宮 

    古い伝への 竹生島(ちくぶじま)

  佛の御手(みて)に いだかれて 

    ねむれ乙女子 やすらけく

5 矢の根は深く 埋もれて  

    夏草しげき 堀のあと 

 

  古城にひとり 佇(たたず)めば

    比良も伊吹も 夢のごと      

6 西国十番 長命寺
  汚(けが)れの現世(うつしよ)遠くさりて

  黄金(こがね)の波に いざ漕かん 

    語れわが友 熱き心

この歌は、大正6年初夏の夕べ、旧制第三高等学校(現在の京都大学)ボート部に所属していた小口太郎が琵琶湖周航2日目の今津の宿で、クルーにこの詞を披露し、仲間に「ひつじぐさ」の曲にのせて歌ったのが始まりです。多感な青春と周航のロマンを情緒豊かに歌い上げたこの曲は、多くの歌手や演奏家により、広く国民的に親しまれています。

 Photo_2 Photo_2
 旧今津郵便局         「丁子屋」

 ウィリアム・メレル・ヴォーリズWilliam Merrell Vories、)1880~1964

アメリカで生まれ、日本で多くの西洋建築を手がけた建築家。ヴォーリズ合名会社(のちの近江兄弟社)の創立者のひとり。メンソレータム(現・メンターム)を普及させた実業家。キリスト教徒伝道者で、讃美歌等の作詞作曲を手がけ、ハモンドオルガンを日本に紹介するなど音楽についても造詣が深かった。

=======================

「坂村真民の一日一言」より

大いなる一人のひととのめぐりあいが

わたしをすっかり変えてしまった

暗いものが 明るいものとなり

信ぜられなかったものが 信ぜられるようになり

何もかもが わたしに呼びかけ

わたしとつながりを持つ親しい存在となった

(致知出版社 おかみさん便りより)

――――――――――――――――――――――

本日の季節の便りは、「坂村真民一日一言」より

「めぐりあい」をお届けします。

ほんのひととき、真民先生のメッセージと

自然からの贈りものに触れていただければと・・・

http://chichi.happy.nu/24/summer01/

致知出版社    小笠原節子

=======================

|

« 「コンピューター四方山(よもやま)話」 2013-5 | トップページ | 音*学*劇 「ザ・オダサク」  2013-7 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

琵琶湖周航の歌は有名ですが、6番まであると初めて知りました。
原曲?の「ひつじぐさ」を一度聴いてみたいです。

丁子屋さん…想像したより年代物の建物ですね。
田舎の実家を思い出します、と言ったら失礼かな(^^;)

投稿: S.MORI | 2013年6月 4日 (火) 11時51分

先の大戦中、今津の先、海津村に疎開していました。 戦後、長くシベリアに抑留されていた父親が帰ってくる日、小学校1年だった私は母親に連れられて海津からバスで 今津まで迎えに行きました。  当時の江若鉄道は今津が終点でした。 
今津と聞くと、今でも初めて会った父親が大きな人だなと思ったことと、リュックから  ビスケットを出してくれたことを思い出します。 
60年以上も前の話です。

投稿: 清水茂昭 | 2013年6月12日 (水) 22時34分

丁子屋さんの前のご主人は、角川春樹さんの義理の叔父?(奥さんのご兄弟の子供)にあたられると、ご主人ご本人の口からお聞きしたことがありました。奥さんが急逝したとき、すでにお店の予約が入っていて休業できないため、奥様のお葬式を甥である角川春樹さんに一任したお話を聞きました。

今は、代替わりしているそうですが、代替わり後は行ってないですね。

投稿: あずあず | 2016年9月16日 (金) 11時15分

丁子屋のご主人、、、なつかしいですね。
角川春樹氏とは、親戚(亡き奥様の甥)にあたるとご主人から聞いた記憶があります。

投稿: あずあず | 2019年12月11日 (水) 16時27分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「琵琶湖周航の歌」 2013-6:

« 「コンピューター四方山(よもやま)話」 2013-5 | トップページ | 音*学*劇 「ザ・オダサク」  2013-7 »