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「作家・織田作之助生誕100年」 2013-3

 森繁久弥、淡島千景主演映画「夫婦善哉」の原作者・織田作之助の新聞記事「2013年10月には“織田作之助生誕100年を迎える”」を見て、早や一年が過ぎ去った。

その間に毎日新聞の夕刊ワイド版「Bunka なう」で、織田氏の事を毎回三分の二べージをさいて四回に分けて掲載された。

(来年2013年は大阪が生んだ作家・織田作之助生誕100年にあたる。坂口安吾、太宰治らと並んで「無類派」の作家として,今も高い人気を誇るオダサク文学の特質とは何か。彼の生き方も含め4人に考察してもらう。-2012.1.5

その記事は「駆け抜けたオダサク」と題し

①「はみ出し者―古びぬ無類と哀愁のリズム」詩人・倉橋健一

②「“しっかり者”の女たちー蛍火のごとき決意秘め」エッセイスト・寺田操、

③「高台を行き来しながらー“架空の”大阪の生命力」作家・柴崎友香、

④「“新文学”幻の特集号―大阪から新風、使命胸に」関西大学教授・増田周子

氏らの連載であった。

本年1月10日にも同じ夕刊ワイド版で、「オダサク周遊・大阪らしさー“西鶴以来の聡明な強さ”」が掲載された。

「・・・大阪の文化、風土について、文学、文楽、落語、将棋などを媒介にしながら独自の解釈を試みている。それらの底に共通している脈打つ者は、生きることへの飽くなき執着心やいかなる事態にも適応するたくましさ、強さ、融通性なのだ。・・・」

 

又、高津高校同窓会HPのメールマガジン(2月号)「今年は中9期織田作之助(オダサク)生誕100年!!!」「音楽劇 「ザ・オダサク」 上演決定!!!と送信されてきた。

 

昨秋には、「織田作之助生誕100年記念プレ事業の文学散歩“織田作ゆかりの上町を歩く”」に参加し、四天王寺夕陽ヶ丘駅から、口縄坂、学園坂、生國魂神社(井原西鶴像)、母校(生魂小学校)、居住地等生まれ育った上町台地の街並みを散策した

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口縄阪 織田作之助「木の都」文学碑(トークライブ)
午後からは、トークライブ「織田作之助の“大阪”を現代に問う」と題し、高橋俊郎氏(オダサク倶楽部)の司会、作家・難波利三(なにわ大賞選考委員長)、作家・辻原登(大阪文学振興会会長)、作家・玉岡かおる(織田作之助賞受賞)氏らによりおこなわれた。

最後に映画「夫婦善哉」(豊田四郎監督・東宝・白黒スタンダード映画)を鑑賞し、上町台地を後にしたころは、夕闇迫る頃であった。

数年前「なにわの海の時空間」初代館長・石浜紅子さんからいろいろとご縁のある話をお聞きしたことがある。

紅子氏の父親である作詞家、小説家・石浜(濱)恒夫氏は、石浜家に出入りしていた織田作之助にあこがれて文筆の世界へ、そして東大を卒業後、川端康成氏のノーベル文学賞受賞に同行されたことや、作詞・石浜恒夫、歌・フランク・永井「大阪ぐらし」の歌碑が、「夫婦善哉」ゆかりの法善寺入口に、石浜氏と従兄弟であり小説家・藤沢(澤)桓夫氏(藤澤南岳の孫ー幕末から明治期に活動した儒学者”通天閣””寒霞渓”など多くの命名者でもある)が、菩提寺・楞厳寺(リョウゴンジ)にある作之助氏の墓石の背面に、藤澤氏撰文のオダサクの経歴を記されている等など・・・・(法善寺横丁の織田作之助文学碑にも「友人藤澤桓夫識」と記されている。)

Dsc00368_1        20110923_

"行き暮れて ここが思案の善哉かな
織田作之助文学碑・友人藤澤桓夫識「大阪ぐらし歌詞」

(料理割烹 正弁丹吾亭―法善寺横丁)(料理割烹・浅草)

小学生のころ「夫婦善哉」にも出てくるカレーの店「自由軒」に何度か父親に連れて行かれた事を思い出した。その父も今年元気であれば、2月で満101歳を迎えたのであるが・・・。


 いろいろご縁のある話題に事欠かないこの天王寺区上町台地は、57年前に天王寺中学に入学し、中・高校時代
に闊歩した6年間に思いを馳せ、上六(大阪市天王寺区上本町6丁目)辺りを回顧しながらの大変充実した1日であった。


私にとって、いつまでも思い出に残る青春
時代である!。

                       2012-3-1  Y.YOSHIHARA

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「夫婦善哉」ぜんざいの店  「自由権」カレーの店

先日、映画「夫婦善哉」ゆかりの店「夫婦善哉」「自由軒」を訪れた。

2代目・自由軒ご主人の娘さん(60歳前後?)から、上記写真を織田作氏から2代目さんが頂き、「トラは死んで皮をのこす、織田作死んでカレーライスをのこす」とご主人が書かれたこと、舞台「夫婦善哉」の折に主演女優・淡島千景さんの楽屋に出かけてサインをもらったこと、上記の石浜恒夫氏もなじみ客であったことなど、ご縁ある話をお聞きした。

私も、母校の同窓会館にも同じ写真が掲げられていること、小学生のころ父に連れられてきたことなど話が弾んだ午後のひと時であった。
「自由軒」のHP    www.jiyuken.co.jp

 高津高校の同窓会HPのメールマガジン(2月号)が送信されてきた。

「今年は中9期織田作之助(オダサク)生誕100年!!!

「音楽劇 「ザ・オダサク」 上演決定!!!

その内容が、わかりやすく、明解に記述されていたので、投稿者・加藤氏(1年先輩)に掲載のお願いをしたところ、早速ご快諾いただいた。

今年2013年は、われらが高津高校(当時中学)の9期生、織田作之助(以下愛称オダサク)の生誕100年に当たります(1913[大正2]1026日生まれ)。
オダサクは先の大戦前後に活躍した昭和を代表する作家のひとりです。
33歳という短い生涯に代表作「夫婦善哉」をはじめ100編を超える優れた文学作品を残しまた。
「夫婦善哉」は映画化され、オダサクと同い年で北野高校出身の森繁久弥が主演して評判になりました。 

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(高校同窓会館に展示されている写真ー左上)
オダサクは、太宰治、坂口安吾と並んで無頼派と呼ばれ、戦後まもなくの文学界において一世を風靡しました。
しかし、今や時を経て、他の二人が文庫本もそこそこに読まれるなど根強い人気を保っているにも関わらず、オダサクはさほど注目されません。
「オダサク」の名前も知らない高津高校生すら少なからずいるのではないかと心配します。もしそうなら、ホンマ嘆かわしい!

オダサクは、上方文学の大先輩である井原西鶴から「ありのまま」を、近松門左衛門からは「ハートフル」を学んで小説に仕立てました。
彼の生涯は、自ら書いた小説に負けず劣らず波乱に満ちたものでした。
オモロクも哀しいけれど、男らしくも骨太な生涯だったといえるでしょう。
 

オダサク生誕100年という節目の今年、「織田作之助生誕100年記念事業推進委員会(委員長:難波利三氏)」により様々な記念事業が企画、検討されています。たとえば、誕生月の10月に、大阪歴史博物館で特別企画展「織田作之助生誕100年記念 大阪と織田作之助」が開催されます。
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月には松竹座で、金秀吉氏の脚本によるオダサクの青春を描く音楽劇「ザ・オダサク」が上演されます。
 
/12日にその制作発表がオダサクの墓がある楞厳寺(リョウゴンジ)で善哉忌(1/10日)法要も兼ねて行われました。
 
また、10/26日(土)の生誕日には、生國魂神社で生誕100年記念祭が行われます。その境内へのオダサクや夫婦善哉のブロンズ像建立も検討されています。是非それらイベントに足をお運びください。

 

また、この機会に、彼の残した文学作品の一読、再読をおすすめします。たとえば、代表作「夫婦善哉」は勿論、芥川賞候補作「俗臭」、「木の都」、「青春の逆説」、「競馬」、「六白金星」などの小説や評論「可能性の文学」、「大阪論」等です。
 
オダサクは母校高津にほど近い生國魂神社のそばの生玉前町で生まれ育ちました。
彼が生まれ活躍したゆかりの街を「タウンウォーク」するのもいいでしょう。
口縄坂など天王寺七坂や「夫婦善哉」でおなじみの法善寺界隈を歩いてみましょう。
また、オダサクの墓がある楞厳寺にお参りするのもいいかもしれません。
お寺の前住職でオダサクと高津で机を並べた田尻玄龍さんは2年ほど前までオダサクの高津時代の隠れたエピソードを披露するなど、元気に活躍されていました(201010月死去)。

オダサク生誕100年記念イベントに参加することによってオダサクを偲び、大阪の元気づけに是非一役買ってください。それはきっと高津の先輩オダサクへの何よりの供養になるでしょうし、オダサクもきっと草葉の陰で喜ぶに違いありません。

     高13期 (オダサク倶楽部会員) 加 藤 泰 弘 

PS―加藤先輩から、「オダサクにかぶれて ―1026日織田作之助生誕日に」の投稿文のご紹介もいただいた。非常にすばらしいA4の2ぺージにまとめられたものですが、残念ながら、紙面の都合上またの機会にさせていただきます。

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今月のひとこと「不況こそ生産性を上げる」 

      ドラッカー著書「実践する経営者」より 2013-3
 
「不況時こそ生産性を上げる」

「重要なことは、人材の質を維持し、向上させる。 

有能な人材を惹(ひ)きつけなければ、立ち腐れが始まる。

 その結果生じる衰退を逆転させることはできない。

 不況期においてさえ、有能な人材は,挑戦や機会がなく

 何かを達成したり成果をあげたりすることのできない

ところにとどまらない。」


ゼロ成長時こそ、社員一人ひとりの仕事の内容を大きくし、
 

挑戦のしがいのあるものにしなければならない。

 

不況の為に、量的な成長はできなくても、質的向上はできる。

成長できなければ、事業内容をよくする。

自らの強みを知り、その強みに集中することによってのみ、 

不況期にあって、ひと足先に飛び立つことが可能である!。

 

    上田惇生著・ドラッカー「時代を超える言葉」より
   
              (ドラッカー著書「実践する経営者」より引用)
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コメント

恥ずかしながら…私も織田作之助さんの作品を読んだ事がありません。
それどころか、大阪の方と初めて知りました。

太宰治さんは根強い人気があり、坂口安吾さんは近年映画化されましたね。

オダサクを、もっと盛り上げないと駄目ですね。
その前に私も一読しなければ!

投稿: S.MORI | 2013年3月 6日 (水) 10時31分

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