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テレビドラマ「南極大陸」2011-12

「戦後最大の国家プロジェクト」「 敗戦から11年」「人間と犬」「前人未踏の地へ」「接岸不能の場所を指定され」の文字、映像が予告編で流され、TBS開局60周年記念作品「南極大陸」(大阪・毎日放送)が10月より始まった。

 12月といえば、もう一つ、私にとって見逃せない番組NHKドラマ「坂の上の雲」である。その制作秘話を、原作者司馬遼太郎氏の記念館館長・上村洋行氏からお聞きして丁度2年経過した。今年12月で最終年度になる。(当ブログ・2009.12号掲載)

「坂の上の雲」「南極大陸」両番組とも日曜日の夜の放送である。

本当に“大変せわしい12月(師走)”になりそうである。

 南極大陸観測プロジェクトは、国のみならず、本田宗一郎や井深大氏、竹中工務店等の民間協力もあったとのこと。

「“敗戦国が南極調査に参加する資格はない。”と、南極科学委員会・ブラッセル会議で言われた。」そして参加が承認されるも、誰しもが接岸不能と思われた上陸地点を指定され、前途多難の船出であったとのことである。

「戦後は、終わった。」「命がけで挑んだ人々,命をささげた人間と犬」「犬は、戦友である(タローとジロー)」木村拓哉はじめ多くの個性派俳優出演のそのドラマ「南極大陸」は、多くの費用と歳月をかけ極寒の北海道でロケが行われた。

 第1次南極観測隊は1956年11月8日海上保安庁の砕氷船「宗谷」で日本を出港した。

1957年第1次越冬隊長・西堀栄三郎先生(京大山岳部OB)らが上陸した。(日本出発時は、準備のみで越冬の予定がなかったが、その船中での変更の様子が克明に描かれている。)

以前、西堀栄三郎氏の「とにかく、やってみなはれ!。やる前からあきらめる奴は、一番つまらん人間だ。」の言葉を見聞きしたことがある。

ドラマの中で「私(西堀氏)の兄が外交官の関係で外国人と会う機会があり、その時教えてもらった言葉“人のやらないことをやれ、失敗を恐れてはいけない。人は経験を積むために生まれてきた。”とにかくやってみなはれ!。とにかくやってみなはれ!。」・・・・・。

その外国人とは、なんとあの有名なアイシュタイン博士であることを知った。

ドラマの中で毎回エピソードになるシーンがあり、最後の佳境のシーンが近づくとあの歌手・中島みゆきの挿入歌”荒野より”がバックに流れ、そのムードをより一層盛り上げている。

丁度NHK・ドキュメンタリードラマ「プロジェクトX~挑戦者より」の挿入歌「地上の星」「ヘッドライト・テールライト」を髣髴させる。

平山善吉著「エベレストはるかなり」より

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南極大陸のタローとジロー 南極最南端到達地点にて

1958年 武藤晃氏、村山雅美越冬隊長、平山善吉先生

南極の1次から3次まで観測隊に参加され、越冬された大学の恩師、平山善吉・元日本山岳会会長、日本大学理工学部名誉教授のことを思い出しながら、毎日曜日の夜9時を楽しみにしている。

今年も、最終号にご縁のある話題を掲載することができた。

私事であるが、昨年末、高校の同窓会で四柱推命に詳しい友人が、今年大殺界に入ると予告、新年のおみくじでは末吉であった。

今年はあまりいい年でなかったように思うが、今年もあとひと月である。

いいお年玉を期待し、末吉で年を越すことを祈るばかりである。

来年こそは、多くの出会い、感動を迎えたいものである。

              2011-12-1

          Y.YOSHIHARA

「プロジェクトX~挑戦者たち」は2000年春”富士山頂”で始まった。「巨大な台風から日本を守る」「台風の進路予測をより早く正確にする」為に、気象庁の世界最大レーダードーム建設を取り上げた番組であった。

その基地建設に実習生として少しの間であったが参加した。

1964年、昭和39年完成ーおりしも東京オリンピック開催の年であった。)

それから30数年後、偶然にも大成建設㈱の大阪支店で役員の中村輝雄氏(当時20歳代で監督)とお会いでき、レーダー基地の昔話に花が咲いた・・・。

(毎日新聞「マナスル登頂50周年」2006-5-4より)

 平山善吉-日本山岳会会長、1934年千葉県生まれ72歳

 日大名誉教授、工学博士

56~60年の第1-3次南極観測隊隊員。南極観測隊建物の、初期から今日までの設計を担当。95年には日大エベレスト登山隊総隊長として未踏ルートからの登頂に成功。03年より日本山岳会会長に就任。

日本山岳会は、昨年創立100周年を迎えた。

平山善吉著書「エベレストはるかなり」より

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エベレストの古野、井本隊員 恩師・平山善吉先生

平山先生ご自身の著書「エベレストはるかなり」をいただいた。

その帯に、“エベレスト北東稜登山隊総隊長執念とロマンのドキュメント”「エベレストに唯一残された未踏の屋根“北東稜”に挑んだ日大隊の人間ドラマを、第1次南極観測隊に最年少の22歳で参加した著者が熱く描く。」と掲載されている。

「南極の思いで」の項で、「第1、2次観測隊員、3次越冬隊長・村山雅美先生(東大山岳部OB)と共に、どちらかといえば病弱で、引っ込み思案の私(平山先生)が、誰も知り合いのいない国と国立大学だけの「官」の観測隊に、私立大学出身者ただ一人、まして大学院に席をおく最年少の隊員として参加することになったのである・・・・・。」

(ブログ「社長のひとりごと」2006-7号より)

約50年前、恩師平山先生の千葉の実家にお邪魔した。

先生は、第1次西堀栄三郎越冬隊長とともに南極へ。そしてエベレスト登頂などの業績、大学においても大変人望も厚く、多くの経歴の持ち主である。

時折大阪での理工学部建築総会に顔を出していただいた。

豪快で、懐の深い温かい元気な先生である。

先日、この「ブログ」のチェックをお願いしたところ、若々しい元気な声で快諾いただいた。(昨年77歳の喜寿を迎えられた。)

PSー「南極大陸」も佳境に入りあと2回、4日(日)は3次観測隊の決定されたところで終った。平山先生(3次越冬隊員)の活躍を、誰が演ずるのか楽しみである。

(「プロジェクトX~挑戦者たち」にも取り上げられた「南極大陸」においても、先生が登板されている。)

              2011-12-8

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今月のひとこと

「縁は・・・・・」森信三氏の一日一語より

縁は、求めざるものには、生ぜず

内に求める心なくんば、

たとえその人の面前にありとて

ついに縁を生ずるに到らずと知るべし

(本を通じての出会いや、人の出会いは、

求める気持ちがなければ生じません)

森信三―1896年(明治29年)9月23日~1992年11月21日

哲学者、教育者

京都帝国大学哲学科卒(主任教授・西田幾多郎)

現大阪教育大学の専任講師、満州の建国大学、神戸大学等歴任

主な著書「修身教授録」「哲学叙説」「恩の形而上学」など多数

語録「人生二度なし」「真理は現実のただ中にあり」

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コメント

今年は本当に大変な一年でした。
3月の震災に始まり、近畿南部の豪雨被害、タイの洪水にギリシャ不安・・・
兎年は良くないらしいですが、今年は顕著すぎました。

来年は辰年なので、昇り竜の様に浮揚の年になって欲しいです。
そして来年もブログを楽しみにしています。

投稿: S・MORI | 2011年12月 3日 (土) 16時38分

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