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「ノーベル化学賞・二人の日本人誕生」2010-12

 今年の日本人にとって明るいニュースは、なんと言っても2010年10月6日に発表されたノーベル化学賞受賞「根岸英一教授、鈴木章教授」であろう。(チリの銅山の地下から、33名が70日ぶりに軌跡の生還」の海外での明るいニュースもあるが)それは「クロスカップリング」と呼ばれる化学合成の方法を、根岸教授が改良し、さらに鈴木教授が完成させた。(初めて見つけたのは、米バデュー大学のハーバート・C・ブラウン博士:1979年ノーベル化学賞受賞)炭素同士が簡単にくっつかない性質を持っている点を克服したとのこと。


  おかげで、「抗がん剤」「エイズ治療薬」「テレビの液晶」など便利な暮らしに欠かせない材料をその方法でつくられているとのことである。

お二人は、特許をとらなかった。だから多くの分野に応用される結果につながったと語られていた・・・・・。


あるテレビ番組で

アメリカで現在も活躍中の根岸英一教授(米バデュー大学特別教授・東大卒1935年7月14日75歳)は、「夢見たことが、叶った。50年間思い続けていれば夢はかなう。最近の日本の若者は元気がない。どんどん外国に行って、外から日本を見てほしい。」

(東大の学生が「海外に出ると,リスクが大きい。成功よりも失敗の確率が大きいので・・・」とインタビューに答えていた。)

一方、鈴木章北海道大学名誉教授(米バデュー大学招聘教授・北海道大学卒・1

1930年生まれ)は、「日本には、石油のような天然資源がない。世界の役に立とうとしたら頭脳で戦うしかない。もっと若い人は理科系に進んでほしい。」

また「教科書に載るような人間になる」「日本から海外へ」「大きな樫の木も、小さなどんぐりから・・・・・・・・」

  アメリカから帰国早々の根岸教授は、11月1日のNHKの朝のニュースのインタビューで「若者が海外で師を求める、どの分野であれ・・・、舞台は世界、そして英語」Brokenでよい、Broken・・・・・)

「オリンピックや音楽でも、もっと高い夢を持ち、羽ばたくことである。」
「金を追求すると、お金は逃げる。」
Excellece(優れているもの)を追求すると、Excelleceは上昇する。」

ノーベル賞の創設者のノーベル氏は、ある実験中にミスで爆発しそれをヒントにダイナマイトを発明した。8年前には、民間企業・嶋津製作所の田中耕一氏が2002年12月10日化学賞を。田中氏もまた実験目的から派生したことがらで受賞したと話されていた。

「成功すると堅く信じ、時間をかけて没頭すること」が大事であるようだ。

この今年度受賞のお二人も「過去に、何度もノミネートされた。」とのことである。

「何度もノミネートされた。」といえば、宮原秀夫・大阪大学前総長(独立行政法人・情報通信研究機構理事長)に直接聞いた話であるが、その時期になると総長も大学内で待機していたとのことであった。

  H21年11月文化功労賞を受賞され、文部科学省が日本で5つ採択した「世界トップレベル研究拠点プログラム」内の一つに選ばれた「大阪大学免疫学フロンティア研究センター拠点長・教授」審良(あきら)静男教授が、何度かノミネートされたからとのことであった。高校9期後輩であり、宮原前総長にとっては高校、大学の後輩が受賞となれば、大変名誉なことであるのだが・・・・・。

審良教授は、本年の慶応大学の医学賞の受賞者にも選ばれた。

(医学や生命科学の分野で顕著な業績を上げた研究者に贈られる今年の慶応医学賞に、大阪大の審良(あきら)静男教授(57歳)と、仏ストラスブール大のジュール・A・ホフマン教授(69)が選ばれた。受賞者には賞状・メダルと賞金1000万円が贈られる。
授賞式は11月29日。同賞の過去受賞者はノーベル賞受賞者が5人。(毎日新聞より)

  本年最終号に、暗いニュースの多い時代に、明るいニュースを掲載することができた。明るいニュースはいくらあってもいい、邪魔にならないものである。

「笑う門には福来たる」と言い古されている。

今年も、色々と思い出に残る多くの出会い、感動があった。 

来年も、さらにいい多くの出会い、 

  感動の年でありたいものである!!。


                        2010-12-1
                   
Y.YOSHIHARA


PS-川端康成氏が、以前ノーベル文学賞を受賞されたことは周知のことであるが、その際に石浜恒夫氏が、東京大学文学部卒業後、川端氏の家に住み込んで師事し、そのノーベル賞授賞式に随行されたことを、書物で目にしたことを思い出した。

先日我が業界の30周年記念誌(本年58周年)を見ていたら、その石浜恒夫氏から「二十日会30周年によせて“さらに高くさらに遠く美しく”石濱恒夫」と題して寄稿していただいたそのプロフィールにも、授賞式に随行されたことが掲載されていた。

早速そのコピーを、娘である“なにわの海の時空館名誉館長・石浜紅子”さんに手渡した。 (当ブログ3月号「石浜恒夫氏と石浜紅子さん」を、ご覧いただければ・・・。)

石浜恒夫氏は、高校の先輩の作家・織田作之助氏(旧制高津中学9期生)らの影響で文学の道を選んだとのことでもあると石浜紅子さんから聞いた。

またまたご縁のある話しである。

(石浜氏は、2004年1月9日80歳で逝去―肺癌。ヘビースモーカーのようであった)

Photo_2

(高校の同窓会館に飾られた写真) 「写真の左上の人は、誰ですか。」と大塚善章(関西ジャズ協会会長・高校4期)さんに尋ねたら、森繁久弥氏主演の舞台、映画でも一世風靡した、あの有名な“夫婦善哉”の作者織田作之助ではないか・・・・・。大塚善章さんも、織田作之助さんもペンネームでないことが、高校の同窓会名簿で発見した。
大阪を愛した作家―織田作之助http://www.library.pref.osaka.jp/nakato/shotenji/09_oda.html

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コメント

2010年も残り僅かになりましたね。
明るい話題って本当に少なかった様に思います。
ノーベル賞と言えば、平和賞は異例の授賞式になりましたね。
やはり暗さを引きずります・・・

来年は明るい話題が多くなります様に

投稿: S.MORI | 2010年12月12日 (日) 14時07分

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