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「ロータリークラブ創立105週年」 2010-4

昭和49年夏ごろに父親から、「分区に伴い新しくロータリークラブが創設されるので、人生勉強のために入会するように・・・。」と言われて35年と何ヶ月がすぎた。

それは満30歳の夏であった。実は、父親に勧誘があったのだが、「堅苦しい場所は困る。」のが真相のようであった。長くもあり、短くもあった今年の創立記念日で「連続35年皆出席」の表彰をしていただいた。26名の創立メンバーの仲間も今では4名となった。

 表彰してもらおうと意識したわけではなく、「クラブへの出席義務」のあたりまえを、あたりまえに続けた結果である。

これは、健康であったこと、事業が続けてこられたこと、そして良いメンバーとお付き合いできたからと思う。これを思うと、家族、社員、メンバーのみなさんのおかげと深く感謝をするしだいである。

奉仕団体「ロータリークラブ」105年前アメリカのシカゴで誕生

 「20世紀の初頭のシカゴの街は、著しい社会経済の発展の陰で、商業道徳の欠如が目につくようになった。ちょうどその頃、ここに事務所を構えていた青年弁護士ポール・ハリスはこの風潮に堪えかね、友人3人と語らって、お互いに信頼のできる公正な取引をし、仕事上の付き合いがそのまま親友関係にまで発展するような仲間を増やしたい、という趣旨で・・・・・。ロータリーとは集会を各自の事務所で持ち回りで順番で開くことから名付けられたものです。  こうして1905年2月23日にシカゴロータリクラブが誕生。

 それからは、・・・・・国境を超え、今では200以上の国と地域に広がり、クラブ数33,695、会員数1,216,983人(2009年10月31日現在)に達している。

 このように、歴史的に見ても、ロータリーとは職業倫理を重んずる実業人、専門職業人の集まりなのです・・・・・・・。」  

日本では、1920年大正9年10月20日に「東京ロータリークラブ」創立され90年の歴史がある。

(雑誌「ロータリーの友」の“ロータリーの誕生とその成長”より)

105年前といえば、明治38年日露戦争の頃で、父親の生まれる7年前である。

その時代のアメリカでは「社会経済の発展の陰で、商業道徳の欠如が目につくようになった。」ということでロータリークラブが創設されたとのことである。今の世の中とよく似た社会風潮であつたようだ。

一昨年秋のリーマンショックから、「100年に一度の大不況」とマスコミはじめ、あちこちで話題にされてきた。

2009-2 号の会長のひとりごと「この国はどこへ・・・」画家平山郁夫再読すると、

・・・毎日新聞といえば、昨日(二日)夕刊の“読ん得”で画家平山郁夫(78)氏が、「この国は どこへ行こうとしているのか」との題で、ほぼ一面をさいている。

「100年に一度の不況といわれているけれども、太平洋戦争で無条件降伏した時、15歳で広島で被爆。多くの友が即死、その後放射線障害で大勢亡くなった。日本の主要都市も空襲でほとんど焼け野原、何百万人の軍人も失業。

住む家もない、食べるものも、着るもの、薬もない。その時のことを考えると、まだまだ豊かじゃないか、そう思えてならない。」と。

「自分の努力が足りない、怠けているのをさておいて、親が悪い、先生が悪い、社会が悪いと、責任を押してばかりいる。己を顧みることを忘れているわけですね。ちいさい時からの教え、しつけが非常に大切だと思うんです。・・・・・。」

「あとどれだけ絵が描けるか、時間との競争です。」1日8~9時間は、キャンパスに向かうと。 昨春体調を崩されたが、ますます元気な、平山氏である。

(紙面の真ん中には“「教育」が大切”と大きな文字でかかれていた。)

と掲載した。その平山氏も今は、帰らぬ人となった。

 ウシオ電機会長・牛尾氏は「いまこの厳しい経済環境の中で多くの経営者が苦境に喘いでいます。“人事を尽くして天命を待つ”という言葉がありますが、“天命を信じて人事を尽くす”本当に厳しい情況下では、天命を信じなければ人事を尽くせないというのが私の実感です・・。」

(月刊誌「致知」の3月号の「巻頭の言葉」(特集「運をつかむ」)

「自分は運に恵まれないという人はたくさんいるけれども、本当は運というのは誰にも平等に巡ってきているんですよ。その運を掴むか、逃すかという差があるだけでね」

(月刊誌「致知」の2月号より)

私は、「プラス思考、あるやなしやで、分かれ道」という言葉を耳にしたことがある。

「大変だ、大変だ。」とただ騒ぐだけでは、何もプラスにならないと思う。

平山氏が「その時のことを考えると、まだまだ豊かじゃないか、そう思えてならない。」戦後のことを思うと今の時代のありがたさを述べられ、牛尾氏の「天命を信じて人事を尽くす」「運を掴みたい(人並み以上の努力の上で)」を肝に銘じたいものである。

最後にもう一度、当クラブ30周年会長を勤めさせていただいたこと、「連続35年皆出席」を達成できたことは、メンバーのみなさん、社員、家族のおかげとあらためて深く感謝をするしだいである。

                                                                                「ロータリークラブ創立105週年」 2010-4-1 Y.Y

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コメント

 素晴らしい独り言 同じ道を歩いている者に
とって勇気ずけられたよ。
 最近は「どこへ行く?」(我が国は・我がクラブは等)が語られているが一般的には人生・仕事が一段落
言い換えればこと成し遂げた人が考えるのだろうな。
 ロータリーもご多分にもれずこれからどこへ向かうのだろう?「奉仕の理想」の実践の難しい事35年
学習しても五里霧中しかし頑張ろうぜ!!

 いつも陸奥一人旅のロータリアンより

投稿: | 2010年4月 7日 (水) 15時43分

こんばんは、
浜松の鈴木です。
今日はいろいろとありがとうございました(^^)

日記の更新たのしみにしています(^▽^)

投稿: suzuki.s | 2010年4月10日 (土) 21時36分

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