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「半世紀?ぶりの大悲山峰定寺と美山荘」09-8

48年前の7月、京都の「大悲山」(バスで出町柳駅から花背峠を越え

数時間。峠では、バスがブレーキテストをしてから下った。)のふもと

で来春の受験勉強の為、同級生の徳川英雄君と二人で向かった。

昭和36年夏休みの約1カ月間彼(徳川家の末裔)と、大学受験に・・

・・・。偶然北野高校の生徒さんも同じ目的で・・・。

そこは、平家の落ち武者の霊が出るといわれる大悲山のふもとであった。

そこでの出会いは、女優の淡島千さん似の志賀美恵子さんだった。遠く

から多くの人が霊能者(?)の志賀さんに相談にこられていたようだ。

志賀さんは、自分には人生の先(将来)が見えると、具体的に説明をさ

れたので、我々は恐怖?を感じた。

心霊の研究をされていて、自分に見える霊を他の人にも見える研究をしているとの事であったやに思う。

ある夜、その志賀さんから奥の大悲山峰定寺におまいりに行くので一緒

にと誘われ、数人で石畳の階段を登つめると「清水の舞台」のように

突き出たお堂で一夜を過ごした。

仮眠していると夜中の何時ごろであろうか、お経の声が「出たァー」と

心のなかで叫んだ。薄目を開けおそるおそる見たら、尼僧がお経をあげ

ている「早く夜が明けてほしい・・・。」と。

以前に「平家の落ち武者の霊が出る・・・。」と説明を聞いていたの

で大悲山の名の由来はそこにあるのかと思っていたが、実は「観音さん

の大いなる慈悲心」ということのようである。

その後、四天王寺の瀧藤尊教元管長さんから「霊の研究者の話」を聞く

機会があり(20年位前?)五人の日本名を挙げられ、そのひとりに

志賀さん名もあり、その折に近々管長さんが志賀さんに会いに行かれる

との事だったので、「元気でいることを」伝えてほしいと名刺を託した

ことを思い出した。

昨年よりぜひ一度訪れてみたいと切望していた。宿泊先の名前も覚えて

いなかったが、大悲山のふもとで、すぐ近くにお寺があったことを頼り

に行こうと思っていた。

たまたま前日夕食をした「大海」さんのご主人が、私の48年前の話し

から、その宿泊先は「美山荘」という名であること、地図の案内もして

いただいた。

「“摘み草料理”ということで有名で、予約しないといけない。

バブルの頃は順番待ちで、値段は・・・・・・。」

当日は午後雨とのことなので朝早くから出発した。山道をカーナビを

便りにやっと到着。(もしカーナビがなければ途中で引き返したかも

知れない。細く曲がりくねった道を1時間半)

そこには「峰定寺参道」「美山荘」の看板が、二つ並んでいた。

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「峰定寺参道、美山荘」の看板 「美山荘」の玄関

美山荘のお客のお迎えであろうと思われるタクシー運転手さんの姿を

玄関脇で見たので、聞いてみると「中曽根首相來訪の折に改装された

のを知っているが、それより古い頃の話は?・・・」とのこと。

先に大悲山・峰定寺におまいりし、帰り際に30年程勤めているという

料理長さんと話すことができた。

志賀さんのことは、話に聞いているが、自分は直接知らない。3代目は

は、55歳で他界。今(4代目)その息子さんの時代。その頃私より少し

上の息子さんが3代目とわかり48年前を知る人はいないようだった。

礼をつげ、敷地を去ろうとした時に偶然にも犬の散歩から帰ってこられ

た4代目の若女将と遭遇した。

昔、約一ヶ月ほどお世話になったこと話をしたところ、その頃に大女将

が結婚されたようである。

直接知った人に会えなかったが、たしかその時小学生?ぐらいだった弟

さんのことを尋ねると銀閣寺のところで料理屋さんをしておられると。

今日は急いでいるので、またの機会に寄せていただくことをつげ、今

にも泣き出しそうな空を仰ぎながら大悲山峰定寺、美山荘を後にした。

48年ぶりの「峰定寺」「美山荘」、今日も大変感動の一日であった。

翌日、経営者の集会で私の左の席の㈱岡本スタジオの岡本氏を紹介

された。アルコールも入り、少し舌も軽やかになり話すうちに、高校

の後輩で奥さんも同窓、私も家内と同窓と話が弾み、前日の「美山荘」

の話をすると、岡本氏は「一度行ってみたいと思っている。弟さん経営

の銀閣の店にはいったことがある。大変有名なところである。」の話

に“そうですか!!”と感動。 又 「北海道サミットのホテルでの夕食

を美山荘で予約がとれなかった・・・。」話し等、昨日の京都の余韻が

いつまでも・・・・・。                          (㈱岡本スタジオ  明治35年、1902年創業)

またまた、新しい感動と出会いができた7月の連休であった!!。

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美山荘

t://www.miyamasou.co.jp/ht

www.miyamasou.co.jp -

峰定寺 - Wikipedia

藤原通憲(信西)が記した『大悲山峰定寺縁起』によれば、このは平安時代末の

久寿元年(1154)、鳥羽上皇の勅願により観空西念(三滝上人)が創建したもので

、鳥羽上皇の念持仏の十一面千手観音像を本尊として安置し、 ...

ja.wikipedia.org/wiki/峰定寺 -

七五三・成人式・家族写真などの撮影は 写真館岡本スタジオ

七五三・成人式・家族写真などの撮影は 写真館岡本スタジオ Okamoto ... たんごの節句. ひな祭り. 就職. パスポート. 大阪府八尾市山本町1-8-27 ... ラジオ大阪『岡本昇のズームアイ ハバスパイフォール』 関西テレビ. ラジオ大阪『岡本昇のズームアイ バッファロー』 いろいろなホームページで紹介されています .

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